KEIKO KOMA Webサロン

生来のわずらいを解放


第一部「生来のわずらい(煩い・患い」

「わずらい」には二つの漢字があります。
「煩わしい」(わずらわしい)と書く「煩い」は、心が乱されたり、
物音が大きく騒がしいことを表します。
「患い」(うれい)と書く「患い」は患者の「患」(かん)です。
病気にかかることや、その苦しみを意味します。
それぞれの意味あいを合わせて、精神や肉体の乱れ、苦しみを表します。
人生は何度もぎりぎりの場面がありますけれども、
このぎりぎりを乗り越えてこそ人生の妙味があります。
一般的には生まれつき弱いとか、一見、体は強くても精神的に脆いとか、
何事につけて良い運が巡ってこない、などがあります。
厄介なことに年齢を重ねるにつれ一生涯ついてまわることです。
歳をとって弱くなるというのが普通です。
何とかこの「生来のわずらい」を乗り越えて、
新たな人生の再出発にしていただきたいです。

 


第二部「身体から湧き出づる いのちのちから」

第一部のテーマ「生来のわずらい」が「いのちのちから」の
阻害の最たるものでしょう。
第二部になって「いのちのちから」が身体の内から
湧き出づるのを感じられ、経験します。

今日も大変タイムリーなコンサートメッセージに驚き、助かりました。「生来の煩い。患い」と表現された言葉をお聞きすると、最近の苦しみをそのまま表現してくださっている言葉に驚きます。真に最近の苦しみはこのこととわかります。演奏を必死でお聞きしました。何かをわかろうとすると、わからずに苦しくなるばかりでした。そのまま身も心も任せるよりなく音に委ねました。パイプオルガンの演奏をお聴きしている時、頭痛がしていたところが逆さにひっくり返る音まで聞こえ、ひっくり返りました。後ろを見ていた状態が、前を向けたのです。頭痛のところに見える黒い塊を言葉にするなら「この世では叶わない。この世ではできない」という言葉になるのでした。毎日、朝に夜にマーブリングカバーのノートをひらき、内面の深奥を感じ、言葉を書き出しています。今朝は、内面の深奥に魂のつながりや流れが見えました。源はひとつである魂の流れを言葉にしている時、目の前に黒い壁がはだかっていました。この世では叶わないという言葉になる状態でした。アントレプレヌールサロンの時に永遠に生きるとお聞きしていたことがずっと心にあります。「この世」が限界の壁となってはだかっている図形が見えるのです。先生の演奏により意識がひっくり返り、この世で叶う、この世でできる、という意識に変わり、目の前の壁がなくなりました。自由に息ができる状態となりました。救われた気持ちでした。そして第2部は一部で抜け出し、助かりましたが、今度はすべてを断たれる恐怖に襲われパニックになりそうで苦しみました。この苦しみは子供の頃からある苦しみです。精神がおかしくなりそうで恐怖を感じるのです。足掻いても何をしてもどうにもなりませんので、先生の演奏にすべてを委ねました。神と呼ぶ存在に出会い、心がやすまりました。頭も整理され、気持ちが落ち着いてきました。永遠に生きるのですからやりきれればいいだけとわかったのです。人がどうかではなく、自分の気持ちはそのまま受け止め生きていけばいいだけとわかると、心が落ち着きました。最近夜な夜な襲われてきた怨霊のことも考えました。自分の内にある何かがこんなにも引き寄せていくのだと考えます。瞬間、この世では叶わないとかできないという壁があるからとわかり、苦笑しました。やり切っていけなかったかったから怨霊となっていくのです。やり切っていけば何もなくなるのです。昨日から何もなくすことを徹していこうと生き始めました。意識では毎日整理していますが、あるものはあることをきっかけとし噴き出てきますので、なくすことが解決といたい程わかったのです。真にわかることと考え、わかることを深めはじめました。今日のコンサートではやり切ればなにもなくなるとわかり、希望を感じます。先生は壁を打ち破ってきたとお話くださいました。私は生命の内に今日のような「わずらい」があると、ここで遮られ、とまってしまうと考えていました。先生はやらなければならない状態となるのでやるよりなく壁を打ち破ってきたとお話くださいました。やりきるということはこのようなこととわかりました。辛くても嫌でもやることはやりきっていくことが先を遮る壁を打ち破っていけるのです。やりきり怨霊とならないように生き切っていきたいです。ウクライナの方々も現在この3年間の戦争で一番攻撃が酷くなっていることにより、ストレスが多いとお話くださり、コンサートで真に心がやすらぎ助けられていることへの心からの感謝の気持ちをお伝えくださいました。一刻も早く戦争が終わりますことを祈ります。コンサート中には、このような意識も戦争を起こす因子かと考える状態を経験しました。首根っこをつかまれている人間同士が自分を貫くあまりに、争っていく様が見えました。パレスチナの人が何があっても屈しないので、イスラエルは根絶やしするとまで言い、攻撃をやめません。力づくで支配しようとする様は、人間の本性などかけらもなく、何かに取り憑かれ動かされているとしか見えません。支配されている人間は人を支配するとはタンザニアコンサートの時にわかる経験をしましたが、外側のエネルギーに動かされ支配されているので、他者を支配しようとするのだと見えます。その時、演奏は私が愛と呼ぶ素晴らしい演奏となりました。愛によってより作られた枠は壊れることがなく、首根っこをつかまれている状態から抜け出せることはないと見えました。愛を経験すれば互いに認め合い、わかり合い力を合わせ生きていけると生命で経験しました。今日は子供の頃からの苦しむが解かれ、ひとつ解放されるとまた次の苦しみがあらわれてくるので、最後まで気を抜けない状態でしたが、アンコールがあり次元を引き上げていただき、飛翔しました。今日の風の便りは魂の昇華で魂が上昇していく流れが見えました。府中の森でも、木のメッセージを聞きたくて木のところに行き、手をあてメッセージを聞くと魂が上昇し続けていく光景が見えました。怨霊から昇華し上昇する流れができたことに安堵し喜びを感じます。魂はひとつにつながっているのですから、この世で縁が切れても永遠の世界では切れるものではないとわかります。永遠に生きることを心に生き始めます。今日もコンサートがあったので救われました。大変しんどい毎日でしたので、「生来のわずらい」によったのだとよくわかります。解決していただき、生命救われました。心からありがとうございます。

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