生命
キッチンラボの看板がかかりました。先生の文字が表にかかると優しい空間が広がります。親しい方々がつけてくださり、手つくり看板は温かいです。甲州街道沿いにありますので、毎日落ち葉がたくさん落ちています。私の家も毎日落ち葉を掃いていますが、毎日履いても履いてもたくさん落ちています。自然の生命の働きを感じていけることは生きていることを考えていけると感謝します。そして生命に負担がかかる生活習慣や食べ物、生き方全てを改善する時とは毎日身を以て経験しています。今日のコンサート前にも私は限界を感じる自分特有の状態を自覚せざるを得なくなり苦しく感じていました。コンサートを経験できるので解決できると考え、開演時間を待ちました。第一部メッセージは「第一のこと」です。
「何よりも大切で他のことはさておきそのことはまずあげられる様。優先順位。「第一のこと」について共通の感覚、一貫した生きている姿勢が問われます。その都度、対応に追われているようでは、どんどん未解決な問題が山積していくでしょう。当然人間は機械ではないので、一つのことを繰り返し繰り返して行うことはできません。多様性の中でその都度、一瞬の間もなく判断決断しなければなりません。第一に優先的に選択する感覚、感性、同時に一貫した姿勢が必須です」
ピアノ演奏をお聴きしていると、様々な思いや場面が去来します。これも雑念と片付けることは虚しく、そのまま受け止め、聞かせていただきました。パイプオルガンの演奏では一気に「第一」とわかる要が現れ、ピアノ演奏の時に見えた様々な場面が分けられ整理されていきました。仕事をする上で人に気を遣うことや気配りは当たり前と考えてきましたが、そうでない人が多い昨今では、自分だけが神経張り詰めて気を回していることがおかしいかもしれないと考えることが多くなり、今まで当たり前に行ってきたことも時代が変わると共に、必要のないことかもしれないと考える機会が多くなっています。今日も体では限界と感じていたこともこの類なのです。神経張り詰めて体が限界となっていく状態でした。第一ということを生命そのものでわかってからは、疲労困憊となるような神経の使い方は吹き飛んでいました。生命で「第一」と実感した時、体に負担がかかることは雑用であったとも見えるようにわかりました。雑用に振り回されていると疲労困憊となります。そして共に生き、活動する人は「「第一」について共通の感覚、一貫して生きている姿勢」でなければ共にはできないことも生命をもってわかります。
第2部は「やりたいこと、すきなこと」です。メッセージは笑いが出るほど、的確で人の心をそのまま見ている内容に、先生でなければ表現できないことです。最後には「内面を感じ、内面を問い、「やりたいこと、すきなこと」を見つけたら継続することです。内面を問い、本当に「やりたいこと、すきなこと」だったら飛躍します」で内面に戻り、演奏を聴かせていただきました。美しい山から神の呼ぶ声が聞こえるような神秘的なパイプオルガンの音に魂澄まします。神様に呼びかけられたようで、真剣に内面に問い、神様に尋ねられたらきちんと答えていけるように気持ちを整理し、気持ちを表す言葉を探しました。第2部も様々なことが心に浮かびましたが、雑念とはやはり捉えられず、受け止めました。ある時、突然背中が温かくなりました。たくさんのレバノン人が私を支えている様が見えました。過去にお会いしていた人のお顔も見え、お亡くなりになっているので、お会いできてとても嬉しかったです。そしてエチオピアや過去にコンサートや高句麗伝説を開催した地の方々と生命一つにつながっていることがはっきりと見え、体感しました。多くの人に支えられ生きていることを体でわかり、全身熱く、心より感謝しました。支えてくださっているたくさんの方々は生命助けていただいたのでとおっしゃっていることがわかるエネルギーでした。私も生命で感じ、人の生命が助かることが最もやりたいことであり生命が喜ぶことと確認しました。それも根源解決であります、いだき講座、コンサートを人様にお伝えし、お勧めさせていただいたことは何より生命助かることであるということを背中を支えてくださっているたくさんの方々がお伝えしてくださっています。今日は目に見えてもわかりました。お伝えしたくて始めたコンサート活動でありますが、生命助かることでありますので、私の生命も支えられていることが見えもし体でははっきりとわかりました。第一部の「第一のこと」と繋がり、第一のこともやりたいことも根源解決であり何より生命助かる「いだき」のことです。
今日は、レバノン大使からもレバノン国務省の副大臣からも救急車の御礼のお手紙が届いていました。人の生命が助かることは生命繋がり、お互いに助け合っていることをコンサート中に明らかに見え、気づけば、演奏をお聴きし、胸の内は涙、涙となっています。生命に関わることが最も大切であり、生命が助かることは最も喜びであります。今日も限界を突破でき、助かりました。体に負担がかかる雑用とは何か、第一とは何かがはっきりと分けられたので、今後の在り方、動き方が見えました。第2部最後のピアノ演奏は、自由自在に大いなる存在を表していただいていると感じる演奏で、聴いたこともない表現の連続で驚いている間にコンサートが終わってしまいました。アンコールでは驚いている場合ではないと一生懸命聴こうとしましたが、やはりあっという間に終わっていました。ラストにもう一度パイプオルガンを弾いていただければ今度こそ、と拍手をしていましたが終演のアナウンスとなっていました。自由自在に動けないと間に合わない感覚が残りました。明日もコンサートがありますのでチャンスを与えていただいたと感じています。ありがとうございます。