KEIKO KOMA Webサロン

生命の覚書


これは、自分の内側で起きたことの記録です。
分かってもらうということを、いったん脇に置いて残します。

昨日わたしは、
自分の生きる目的を
自分自身が「納得」できるものとして探し、表現しました。

けれど、
この「納得する」ということ自体が、
生命を納得させようとしていた行為だったと気がつきました。

それは、壊れないための翻訳であり、
自分を守るための「枠」だったと気づきました。

生命は、納得を必要としていなかった。

誰に何と言われようと
誰にも届かなくても
世界が変わらなくても

それでも、やってしまうこと。
条件を必要としないもの。

それは、
人に伝わる言葉を慎重に選ぶことすら憚れるほど
極めて固有で、生々しいものでした。

自分でそこに触れること、
現すことが、
恐怖だったのだと分かりました。

分かられないこと
歪められる
出したら壊れることを
何度も体験してきたからです。

身体に染み込んだ恐怖は、
なかなか抜け出せないのだと、
改めて感じました。

体験してしまっている痛みは、
その国によっても、
その国に生きる人によっても異なり、
さらに、ひとりひとりに固有の目的が存在している。

そのひとつひとつの層を無視して、枠でとらえることはしてはいけないと感じました。

自分のことが紐解かれるほど、
人のことへの理解も深まっていく。
その過程そのものが、尊いと感じています。

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何を見てどんな事を感じ、考えているのでしょう
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