現れる
悪魔も隠された光も同時に存在する、と感じるコンサートでありました。朝、目覚めたとき、時計を見ていつもよりゆっくり寝ていたことに気づきショックを受けました。6日のコンサートへの道はなかったのですが、道はなくとも、生命は要求しているのなら道はできないことはない、と自分で言っていました。声掛けをしていくと、今日ほど感謝したことはないはたらきかけより道を作ることができた奇跡の参加です。少し早めに入ったコンサートの地にても、ある方と出逢いがあり、友人にも声かけて仕事の予定を見てみます、と言って下さり、自分の考え方が変わったからこのようにして豊かな出逢いが起こってくれている、と先日のボランティアミーティングで、人は内面で出逢っていると、改めて気づかされたことに頭がたれる思いです。そして、コンサートでは、一部、二部の途中まであまりにも淡々として、音と一つになれず、色々な意識が渦巻いて邪魔してきます。けれど、胸に秘め通り過ごしていることが一巡りしたように目の前に現れるコンサートです。
二部の低いビアノの連打するような激しい音に叩き出されたのは、生命とひとつと化した悪魔ではなかったかと感じます。お腹の底から私の普段の笑い方とは違う笑い方をする自分が現れたのです。そうかとするとその後瞬間、私は泣きました。
二つの感情が同時に現れる経験は過去にも何度かありました。ピアノの音が変わり、私は正気に戻りました。そして、人として、やるべきことが空間に並べられるように心に現れる事に命に刻まれるように胸は躍動し、これは自分が作っているのではない、コンサートの中だから本当に起こっていることなんだと、自分に言い聞かせているのです。疑い深い存在は一人でない存在と感じます。実行に移せば全体が助かっていく内面ですので未来に向けて、清水の舞台から飛び降りるような気持ちですが、はたらきかけてくださる存在がいることにかけ、やらざるを得ません。
ここまで書き込みさせていただくとやっと表れます。
心の大きな重しにより、体調にも影響を与えたくはないと、この度の一部のパイプオルガンの高音でいたく感じましたこと心に刻み、正確な事実を知りたいと感じます。
まだあります。
うたた寝をして目が覚め、亡くなった人が表れた夢を見ていたことを思い出します。
心の中だけにしまっておいて生きてはいけないです。一番苦手な世界は、未体験ゾーンです。
夢からのお告げを考えます。
明日の(今日の)コンサートも、道が作られますように。書き込みさせて頂き、ありがとうございます。