時空を超える愛
盛岡のコンサート会場は、悪臭がひどく、胃が痛む程でした。私にはこの悪臭は、霊魂の匂いと感じ、たくさんの霊魂が集まっているように見え、感じていました。大変なコンサートになると予感し、はじまりました。昨夜は、ニュースにてウクライナに住む14歳の子供の日記が公開され、その子がインタビューに答えている番組を見ました。3月18日に両親が仕事帰りにロシア兵に銃撃され、亡くなったのです。5歳の弟と暮らしている姿を見、いたたまれなくなり、真剣に自分がやれることを考えました。昨夜も眠れぬ夜となり、深夜にメールを確認すると、ロシア人からボイスメッセージが届いていました。私が送りましたコンサートの配信のお返事でしたが、私が使った戦争という言葉に対してのメッセージでした。ロシア人には配慮し、送っていましたが、戦争ではなく、軍事の特別措置であると訴えるものでした。どのような理由があっても、先生がおっしゃるように武器を持たない女性や子供を殺す理由はひとつも成り立たないと返信しました。先生が生命賭けコンサートで為さってくださっていることも改めて記しました。今朝もニュースにてベラルーシの大統領が、反政府活動をする人や反対意見を言う人は死刑にする法律を作り、サインをしたと知りました。人間の生きていける世界ではないことにもう黙ってはいられない気持ちとなり、皆で、真を表し、良い世界を創っていくことをせねばならないと強い気持ちが生まれます。一回一回の先生のコンサートが世界に伝播しますように、その場を創ることが私たちのやるべきことと甚く感じ、コンサート前にスタッフに話し姿勢を正し、臨みました。
第一部「銀河鉄道の新たなる発進」
「種々様々な時間を通過し、今日新たに、文字通りまったく新たに、時空を超えた「ある究極」に向かいます。種々様々な時間を通過しましたが、我々が住む地球上における時間は我々一人一人にとってどのような時間だったのでしょう。時間とともに心身は重くなり、歪み、いつしか自由という時間は記憶から薄れ、終わりを告げるのを待っているのか、あるいは何も意識することなく、ただ今日一日を過ぎ去り、明日という時へつないでいるのでしょうか。「救い」はどこにも見いだせません。ゆえに銀河鉄道は時間などでははかれない「ある究極」に向けてゆるやかに出発します。ここで云うゆるやかは、いうまでもありませんが、光速、即ち光の速さです。最もゆるやかなスピードです。」
湿気が多く、悪臭たちこめる会場は、地に埋もれた霊魂が押し寄せ、ぎっしり詰まっていました。座席にお座りになっている方々の頭からは、黒いかげろうのようなものが見え、霊界につながり、霊界に動かされている頭が見え、私は息を詰めるようになってしまいました。先生の音だけが、救いでした。この世は終わるのだと、人間は終わるのだと見え、感じ、霊界に居るようでなんとも気持ち悪い状態でありながらも、先生の演奏だけが手がかりであり救いでありました。パイプオルガンの演奏のゆるやかさが光速なのかと感じながら、ゆるやかに感じても全てが在る音と感じ、光速とはすべて在る空間を一瞬という時間もない速さで動くのだと教えられました。ピアノ演奏のある時、一気に地面ごと押し上げていく力を感じ、やっと地に埋まった状態から地上に出てこれました。そして一気に時空を超えて無限な世界に飛翔していました。ある究極とは、時空を超えた愛と生命で経験しました。やっと抜け出せた安堵に心やすらぎます。
第2部「愛とは」
「無我夢中で時を忘れる、という言い方があります。時には忘れてるだけでこれほど時に囚われていることもないでしょう。生きている限り、時はついてまわります。おそらく、人間に時が意識されず、時を忘れていることは「愛」以外にないでしょう。この世で生きたままに、時がかすりもしない唯一は「愛」です。ゆえに銀河鉄道は「ある究極」へ発進したのです。何処からか銀河鉄道からの「愛」が、降り注がれるように我々のいのちに届いたことを自覚するでしょう。」
無我夢中は時に囚われているとは驚きでした。時を忘れていることは愛以外にないとは深く合点がいきます。そのことを演奏をお聴きすることで経験できますことはありがたいことと感謝し、椅子に座らせていただきましたが、2部も霊魂がぎっしりといました。変な表現をし、申し訳ありませんが、死体の匂いと表現するよりない匂いが苦しく、息を潜め、先生の演奏だけが生きる場であり生きる手がかりでした。空間は真っ黒で、とても息を吸えない汚れでした。「ある究極」へ発進した銀河鉄道があったので、必死に乗り込むようにし、死体ばかりが見える場を通り抜けることができ、時空を超えた世界に飛翔することができました。この世の終わりとはこのような世界なのかと驚き、とても生きた心地がしない死体ばかりの世界が見える自分を責める気持ちも生まれましたが、あるがままを受け容れるよりなく、先生の音を聴き続けました。最後に時空を超えた愛に抱かれ、愛の風に吹かれ、心地よさに包まれ、生き返ることができました。古い生き方、体質では生きていけないと身に染み感じる経験でした。故に銀河鉄道が「ある究極」に発進してくださる状態を先生が表現してくださったので、私は生きながら生まれ変われたのかと感じ、終わった時は途轍もない経験をし、やっと生きていける世界に戻ってこれたようでした。死体ばかりで埋まる大地を歩き続け、泣きたくても泣けず、ただ通り抜ける時を待つよりない経験でした。驚く経験でした。コンサート後は、時代が変わったようでした。コンサート前の時代とは違う時代となっています。ある場面では、一気に突き抜ける世界が拓かれ、ここでは世界中の人がひとつになっている世界でした。真を語り立ち上がる人が一斉に現れました。世界は変わると見え、希望を見いだしました。誰にも注がれる銀河鉄道からの愛は、両親を失った子供達にも、大切な人を亡くしたたくさんの方々にも、不合理な世の中で苦しみ、悲しみ生きる多くの方々に注がれ、自覚でき、人間としての幸せを皆で感じていける時代となりますようにと祈りました。心ひらけば時空を超えた愛が降り注がれている空間があります。これからを生きていくことはこの経験なくしては生きていけないことを身をもって経験しました。ありがとうございます。