春の風
今日は夏のように暑い日でした。気づけば、枝垂れ桜が咲いていました。こぶしの花、沈丁花、道端に咲く野の花。。とても華やかな空間となっています。本の校正をしながら、改めて本音を考えました。 何故何故と問い、問うてもなにもないのが本音と先生に教えて頂き、ずっと実践してきたことです。自分がどうするかわかれば、先へ向かう事ができました。一人一人の大切な気持ちが生かされていく道をつくりたい気持ちを活かしていければいいと考えます。今までにない事が起こり、やっと乗り越えてきましたので、いつも精一杯で余裕がなくパニックになる状態をなんとかしたいと考えています。武蔵野の空気に触れた今日、野の花の鮮やかな美しい姿に心引き寄せられ、語り合えるひと時、いだきをはじめた頃の風を感じました。どんなに辛くても支え続けてきてくれたたくさんの存在を感じました。同時に先生のご家族が住んでおられた弘前のぬくもり、北上川の風を感じ、人間とし生きる事を考えました。常に内面を見、自分から見て黒く見える在り方を正していきたい気持ちで生きてきました。人間とし、人の生命、心を傷つける事だけは耐え難く、何かが起こると、内的環境が外的環境を作りますので、そのようなことを引き起こした原因を内面に問い、自分が悪いとし、なんとしても変わりたいと願い、変わろうとしてきましたが、闇にはまっていく状態があり、抜け出し口のない限界にありました。先生が復活してくださいましたので、動く事で抜け出せる光が見えます。先を作る事が答えとわかっていますので、今は淡々と黙々と正確に言葉を使い、仕事をし一気に次元が変わり、目の前の問題や課題がなくなる時を作ります。夜遅くに帰宅した時、ふと風が吹きました。風の便りは自然の生命が輝き生きながら調和しているように、人間も一人一人が輝き生きながら、誰の生命も気持ちも犠牲にならずに生きる時が来ると瞬時にわかるメッセージでした。春の風でした。時代は変わったことを感じます。ありがとうございます。