新年
新年に、京都にて、応用コース、存在論、迎賓館コンサート、ビデオ講演会に参加させていただき、ありがとうございます。今年の始まりは、まるで違う一年の始まりとなりました。
古事記、憲法のお話を応用コースにてお聞きしました。日本で生きていながら、自分は法律の大元である憲法の成り立ちも知らず生きていることがわかり、それがどれほどのことかを考えます。歴史に「もし」は無いにしろ、もしも日本の文化、歴史を生かした憲法を定めるなら、どのようなものなのか、何をもとに考えるのだろうと考えます。事業を始めたときに、何度も法律に疑問を持ち、問い合わせ、現実とのギャップにどうすれば良いかを考えました。また、重度の難病の方々が国への法改正の嘆願書を出すための会議にも参加させていただき、声をあげていくことの大切さを経験しました。諦めてはダメで、関心を持つことが大切なのだと、高麗さんのビデオ講演会でもお聞きし、私も表現していきます。生命のもとになる神話は、身につけていきたいです。神話教育を受けられなかったことは、よくわかりました。今、この時に、人間とは何かを先生が表現して下さり、高麗さんが話して下さる場に自分がいることの意味を良くわからないといけません。自分が身につけて、そのままに生きられれば人に伝えることができます。「いだきを無きもののように」生きているのは、身についていないことです。綺麗なマーブリングを着させていただき、高麗さんの書を手に、先生の講座やコンサートの空間に参加できることを、活かしていきたいと心から望みます。歴史的にも、空間的にも自分1人で生きているわけではありません。存在論で、「魂、弁証法、愛、死」とホワイトボードに書いてお話し下さいました。宗教による、魂が尊く体は汚れているような観念は少なからず影響を受けています。魂と心が一つで生きる生き方ができること、今年は今までのように生きていけないとは、社会の中で日常の生活の中で、いだきで生きることに徹していくことです。新年にあたり、元旦には一年の力をいただく力餅をいただき、講座にて神話、憲法、宗教と大きな影響を受けていることを言葉で明らかにしていただき、迎賓館のピアノでさらに深く教えていただき、ありがとうございます。今年一年、出会う方々に伝えきっていけますよう。よろしくお願いします。