新しい世界
12/24京都コンサートホールでの、いだきしん先生のコンサートに参加させて頂きました。
この1週間はいだきの催しが続き、駆け抜けた1週間でした。一つ一つが大事な変わり目でありながらも表現出来ずに申し訳ありません。
12/21狛江高句麗伝説コンサートでは、先生の表現される大迫力の演奏やリズムによって内面が容赦なくかき乱され、同時に的を射抜くような言葉の数々を即興で表現される高麗恵子さんという存在の圧倒的な強さに畏れ入りました。最初は怖くて身構えてしまいましたが、ある時に西遊記の猿の頭に着いていた輪っかのようなものが外れ、身を任せる状態になったらそこは宇宙空間で、大宇宙から歴代の高句麗の王様方が立ち現れるように感じられ、あまりに壮大なスケールに驚くばかりでした。
24日は雪の影響で予定変更となり、幻のコグリョカフェに親子で伺わせて頂く嬉しい巡りとなりました。高麗恵子さんから戴いた詩に「共に在る存在」とあり、胸の内が明るくなり、表現して頂きありがとうございました。最近自分自身に安定感が増した体感があり、腑に落ちると感じられるものがありました。自分では言葉に出来ないので、表現して頂きわかる事が出来て嬉しいです。
毎日精一杯動いているのですが、どうしても身の回りのこととなり、小さい動きをしている自分の傾向もわかりました。「もっと大きく生き はたらく時 存在 輝く」来年はそのように生きることを指針とさせて頂きます。
コンサートでは、第一部は内面にある清らかなものが小さな結晶のようになり、空間には清らかに輝くぬくもりが広がり、その結晶はイエス・キリスト様へ通じる道と感じられました。道なのだから歩いてゆけば良いんだと感動し、昨日会いに行った身体が不自由になり車椅子生活になった従姉妹や心臓や脳に疾患のある叔母のことを助けて下さいとお祈りしていました。いだき講座を伝えに行ったのですが、長くキリスト教系の有名な宗教をされている為に、私の話は受け容れられない結果で残念でした。その後は空間がなんとも表現のしようのない次元に変わり、祈りの気持ちも消え、何もないことが広がってゆくのでした。第二部では、私が人間としてしっかり正しく生きていれば、親族として繋がっている従姉妹や叔母もきっと助かる可能性が高まるのだと考えました。従姉妹は生まれつき肌が白く、人形のように可愛らしい顔立ちでとても綺麗なので、内面が清らかに生まれたように感じます。その内に自分の俗っぽさが現れて、演奏が遠くなってしまいました。それは認めるしか無く、そのまま受け入れてパイプオルガンの演奏をお聴きしていると、ある時に気配が起こり、天井が割れたかのように天界が開き、新しい世界が一気に拓かれたように感じられました。いきなり自分の中でも俗から聖へ一気に内面が変わってゆく体感に驚き、ここにこれて良かった、この場に居合わせることが出来て良かったとただただ感じられました。最後の静かなピアノ演奏では、ある存在を感じ続けました。
取り留めの無いままの表現となってしまいましたが、今年最後の京都コンサートは凄い締めくくりとなり、参加させて頂き、素晴らしいクリスマスイブを誠にありがとうございました。