救済の音
高麗さんが貴重な映像の上映会サロンを続けて開催して下さり、この状況の中で先生の音は真の救済と、これまでにもまして感謝する数日でした。
自分が自覚する以上に深い悲しみ、やりきれなさに加えて、得体の知れない何かがうごめいているとも感じます。
前日のトロムソ北極教会コンサートの上映会サロンは、印象的だった旅のことが蘇りながらも、先生の音に体中と眼が痛み、何かがあぶり出されるようでした。最後の方で何もなくなり、身体は軽くなり、たんに上映会とはいえない、先生の音は今、今であり、ほんとうに凄いと畏れ入ります。
そしてやはり三鷹でのコンサートは大事な要であり、先週から1週間とはおもえないほど長い時を経て心待ちにしていた感じでした。身にしみ、まさに救いです。
一席に身を置かせて頂き、先生の音の空間に生きていけると感じ、よけいなものがなくなっていきます。どこまでも引き上げて頂きますことに感謝よりありません。
二部は、音が命にしみて、父の命日だったこともあり父のこと、父母のことが浮かびました。父母に対する悔いがしばらくこみ上げましたが、父母から生まれてきて今ここにいることに感謝湧きました。父は変わった人で天真爛漫すぎるところもあり正直苦手でしたが、自分が似ているので苦手だったんだとわかります。いだき講座を途中までですが受講でき、頭はわからなくてもずいぶん元気になって父も救われました。
音の空間に父が笑顔であらわれ、涙あふれ、アンコールの先生の音、たくさんの拍手と一体の場に心震え感動しました。
会場で高麗さんにご挨拶させて頂き、湧き上がるものがあります。物ごころついた頃から、やることがあって生まれてきた、何かやることがあって生きている、と胸の奥にあることが支えでした。自分より出会えない人を先生、高麗さんにおつなぎできるよう生きていきます。
日付が変わり、今日も三鷹でコンサートが開催されますこと、有り難く、心して向かいます。
ありがとうございます。
天田敬子