KEIKO KOMA Webサロン

感動


第一部「ゆらぎの深層 ー触れれば生まれ 離れれば消えるー」

ゆらぎは、不安や苛立ちがあるからこそ起こります。
静けさと怒りの間で私達の心は大きく揺れます。
要するにゆらぎとは、不安も怒りも静けさも、
全部同時にあります。この揺れの底には「何か」が息をひそめています。
それは老子が「玄牝」と呼んだ、すべてが生まれる前の
深い暗がりのような場所です。まだ形になっていない愛の気配があり、
私達を包む天空の広がりにもつながっています。
揺れの中にある やわらかな光
ー 生まれようとする気配を感じ、
聴いて下さい。


第二部「愛の偏微分 ーひとつの揺れだけを受け取るー」

愛を語ろうとすると、大事なことなのに、
いつも大き過ぎて、曖昧でつかまえどころのない言葉になってしまいがちです。
ゆえに愛を全部あつかうのではなく、その中から
「ひとつだけの揺れ」を取り出してみましょう。
数学の偏微分は複雑な全体から
「ひとつの変化だけ」を取り出す方法です。
世界には無数の揺れがありますが、
偏微分は、その中の「たったひとつのゆらぎ」に
静かに耳を澄ます方法です。
愛も同じです。誰かのすべてを理解する必要はなく、
その人の内側に今生まれた
「小さな震えだけをそっと受け取ること」から
はじまります。ひとつの揺れを、受け取るということ。
奪わず、変えようともせず。
愛の偏微分。

今日も、救いを求めるような気持ちでコンサートを待ち望んでいました。コンサートに向かい、見えるままに動くことができ、再び、和紙に筆文字でお手紙を書き始めました。少しづつですがお申し込みをいただき、うれしいです。また、海外からのお返事もあり、心打たれるお手紙に励まされます。やり続けていけますことは大変ありがたいことと感謝しながらも胸に襲うように苦しみが押し寄せてくるのは何をしたら良いのだろうかと考える日々でした。コンサートメッセージに感動しました。繊細なメッセージに心慰められるようでした。「ゆらぎの深層」とは意味深く、わかることができるならば、素晴らしいと感じていました。ピアノの音の美しさに感動します。メッセージの中の「老子が玄牝と呼んだ、すべてが生まれる前の深い暗がりのような場所です」という表現はこの状態かと見える世界が目の前にひろがり、光と闇がひとつになったのです。玄牝は愛とわかりました。音から見える図形の素晴らしいことに深く感動しました。美しい素晴らしい図形が見える世界に身をおけます幸せを感じました。言葉に表すなら玄牝は愛という世界でした。光も闇もひとつでした。感動の一部でした。

第2部のメッセージは素敵でした。偏微分は、からはじまるメッセージは素晴らしく感動しました。小さな震えだけを受け取ることからはじまりますとは、何て素敵なのかと心がときめきました。愛の偏微分も先生のメッセージを読ませていただくと、思わず歓声を上げてしまいました。大好きなアリランを思わせる演奏に感動し、ただここに居るだけで幸せと感じる世界でした。私が愛と呼ばせていただいている演奏も素晴らしく感動し胸の内は涙、涙でした。いつもであれば、最高に幸せと感じ、至福の喜びに満ちていくのですが、今日は素晴らしい経験をすればするほどに、気になることや気になる人のことが心を占めていくのです。何かに取り憑かれているのかと感じてしまいました。私の妄想かとも考えてきましたが、先生が入院された頃から闇が入り込んできたと感じていました。闇により人間関係が分断される恐怖が常にありました。なんでもかんでもそのせいにし考える傾向があり、そろそろやめたいと真剣にやめることに取り組んでいたのです。今日のコンサートで抜け出したいと考えていましたので、後半になり素晴らしい演奏に感動しながらも胸の真ん中が曇ることが気がかりでした。本当に終盤になり、気が急いてきましたが、演奏をお聴きすることに努めました。その時、先生とつながり生きることと教えられる瞬間がありました。先生、おおいなる存在、全体とつながっていなければ、闇が入り込んでしまうのだと見えました。その時から胸がひらき、心が晴れてきました。いつも心が晴れず、懸念や心配、不安が占めていました。先生とつながり全体とひとつである生命で生きていけば何があっても生きていけると生命をもってわかりました。救われました。アンコールの音の凄さをどのように表現できるでしょう。音と言っていいのでしょうか。おおいなる存在に出会いました。今も尚、あの時の音を思い出すとおおいなる存在が現れます。素晴らしいとてつもない経験をさせていただきました。私は、何があっても先生の存在をお伝えし、コンサートを満席にする道を作ると強く心に誓いました。先生のことをお伝えすることは人の希望となり、力となることを実感しています。先日いただきましたパレスチナ人の詩人からのお返事が私の心に生き続け、思い出すに涙が滲みます。私のお手紙にはパレスチナ人とし経験する全てが詰まっていたこと、それはパレスチナ人の旅路を映し出し、そこには音楽がなく、77年間の戦争の讃歌だけが響いていると。再びお手紙へのお礼が書かれ、「なぜならいつの日か私たちは生き延びられるのだと、思い起こさせてくれたからです」と括られているのです。涙よりありません。あの惨状で先生の存在をお伝えさせていただき、生き延びていけると思い起こしてくださったと考えますと、胸いっぱいとなります。戦争が多く、不安や恐怖に怯えている多くの方々にとって生きる希望、光をお届けできるなら、こんなにありがたいことはありません。させていただけますことに感謝し、生きている意味があると感謝に震えます。日本から日本中へそして世界中へ先生の存在、おはたらきをお伝えし続けていきます。内から力が湧いてきます。そして次から次へとやることが見えるのです。今は実行あるのみです。今日のコンサートの言葉に表現し尽くせない感動を思いだすに涙込み上げます。大変ありがとうございます。

 

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