愛の速さの中で
昨夜、府中でのコンサート。
ピアノとパイプオルガンの音に包まれ、生命のはたらきと呼応していました。
女性性の運命が解放され、
本来の男性性のよさ――止まらない生命が現れ、
そこに女性性の先がけていくはたらきが、流れを止めない循環を生み、
愛のスパイラルに包まれました。
このはたらきに
素直に呼応していくと
女性性・男性性の防衛反応も抗う必要がなく、
すぐに了解でき、
生きていけると実感しています。
最近、わたしに起きている変化は、
内面の「界」がなくなり、
“外側の器”が問題にならなくなったことです。
もう明らかに分かるため、
わざわざ確認する必要がなく、
それさえも余計な行為だと感じるほどです。
この人は本当はこういう方なのだろう、と分かる。いまこうお感じになっているのだろうと分かる。
確認しても意味はない。
だから、わたしにできることを差し出すという表現よりありません。
それぞれの流れがあり、
ご本人が分かるよりないことだからと、自ずと分かるからです。
本も、音楽も、
科学や哲学や思想や美術という形をとっていても、
意味づけされる前の感覚に触れるため、
その大元がそのまま受け取れる。
いま必要なことが飛び込んでくるから、
より「分かる」はたらきになる。
全体の流れが以前より正確に見えるため、
自分も含め、それぞれの流れを止めない位置変えが容易になり、
いちいち負荷を感じなくなりました。
けれど循環ですから、
未完了のことは折を見て、
強い現実との遭遇によって、
内面の奥から再び立ち上がる。
それも、もう何度も経験しています。
だから動じない。
以前より強く、
すぐに受け入れ、また循環していく。
この“愛の速さ”に震えます。
今朝も、あぁまたかと一瞬疲れた瞬間、
雲の切れ間から光のカーテンが目の前に現れ、
励まされました。
こころひとつ
空間とひとつに生きられること。
ただただ感謝です。
今日も、わたしにできることを尽くします。
やっている瞬間、意味はわからなくとも、
やってしまうこと。
それが先をつくっていると、
経験として分かりましたので
身体 → 言葉 → 意識
この循環を大切に、
生きていきます。
生命の調律、回復できる場がある尊さを、改めて深く感じています。
本当にありがとうございます。
