幸せな朝
今朝目覚めた時に、頭の中に幸せな経験が沢山記憶されている事を教えてくれました。いつも朝は生きている事が辛かったり、周りからくる「生きていてもしょうがない」という思いのエネルギー立ち込める中で目覚めます。初めて、こんなに幸せな経験を一杯している生命である事を頭は記憶しているのだと気づきました。この幸せな経験を何によって忘れたり、ないが如くに辛い思いをしてきたのかと、なくなった今になれば不思議な気持ちになるのです。先生のコンサートでの経験は、今までの人類史上誰も経験ができない幸せといったらこれ以上ない幸せな経験です。私は、幸いにも自分が主催させて戴きましたので、1282回ものコンサートでこの経験をさせて戴いています。頭は記憶していたのに…大変申し訳ない限りで頭を垂れます。幼い頃も生まれつきの運命により苦しみましたが、幸せといったら幸せであったのだと今日は受け容れられるのです。運命の苦しみ、それこそ死ぬ程苦しみましたが、先生からよく、金木犀の香り漂う頃の「父」の詩に詠ませて頂いている環境であれば、苦しむことなんかなかったのにとおっしゃって頂く事の意味が今日はよくわかります。これからは幸せな経験をしている生命活かし、世界の平和の為にはたらいて参ります。
富士山のあまりに美しい清らかな姿に感動します。府中でのコンサートで、現る事のなかった存在現れ、これで日本は大丈夫と感じた事が富士山にも届いている事を確認出来、救われたおもいです。「コンサートを開催してくれたから」と富士山よりメッセージが聞こえ、心からうれしく、頭を下げ全てのはたらきかけにお礼を申し上げました。先生のはたらきあってこそ、この様な会話が出来るのです。心よりありがとうございます。