平和の道
いだきはじまりの日のコンサートに伺えますことに感謝申し上げます。
2月に入るとあまり眠れない日々が続き、いだき講座が開催される前日まではたとえるなら身体中を殴られているような痛みがあり仕事をするのもやっとでした。水面下で生命で感じていたものは明るみに出て、世界情勢が混迷を深め、起きたことの衝撃を受け止めきれずもコンサート、講座や催しは唯一、未来をつくる指針となっています。混迷は、恐怖によって支配するものにとって都合の良いものですが、そんな中でも先がある感覚を掴むとやる気が湧いてくるのです。みずから「場」をつくること、取り組んでいく未来には、海を超えてつくりたい、築きたい気持ちに満ちています。
先月は高麗屋さんでの催しにも参加させていただき、高麗さんの高句麗の旅の詩の表現に触れると時空を超えて旅したかのようにひかりにふれ生きてる世界が変わるように見えてきました。内面の事、詩で表現できる事の幸せなこと想いました。五女山城の風、高麗さんの詩から見えた、魂蘇り 城壁の側をのぼりゆくいにしえの高句麗人の光景はいまも心にしかとあります。
先の狛江のコンサート、皮膚がテーマで第二部はどうしてなのかずっと宇宙が見えるのです。境なく 愛にあって懐かしく隔ない空間、美しく愛おしい時でした。配信等でいだきしん先生が皮膚について表現なさる時、滑らかで柔らかくなっていくのです。7歳くらいから気管支喘息の症状で、11歳くらいのときに転換してアレルギーは皮膚炎になるようになり、産まれた地域の大気汚染の公害が大きいと思っていました。外敵と認識していたのでしょう。赤ちゃんの頃のこと、胎児期になるまで…皮膚は神経、脳と同じ外胚葉から成ると伺い、皮膚感覚…対象化して外界を遮断するあり方が人をも受けいれていけないのだと少しずつわかっていけています。
これまでの繰り返しには先はなく、頭は過去にとらわれていたといまはよくわかり、あらゆる手を探し、未来をつくっていく事は喜びです。たくさんの講座で経験してきたことが引き出しになっている事もたいへんありがたい事です。
いだき講座が始まった今日の日、未来に貢献していきたく京都のコンサートに参加させていただきます。 ありがとうございます。
