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ヤマハホールでのコンサートメッセージ第一部「passion」。先生が表してくださる「passion」とは。。。を心にはじまりの音を言葉に表し聴かせていただきました。苦しみ、闇、人間の敵と見える化け物ばかりの世界にあり、美しい生命を汚すことなく貫き生きることを学び、何があってもまわりのせいには一切できないことが見えるようにわかると同時に、言葉に表すことから自らわかる経験をさせていただき、頭を垂れるよりありませんでした。私にはイエスキリストの存在が現れて見え、最初から最後まで先生の音はイエスキリストの存在により見えませんでした。私の言葉に表せることではなく、イエスキリストの存在を目の当たりにした時、言葉に表すことなどできないと感じ、畏れを抱きました。あまりの強さ美しいことに畏れ多いばかりでした。今生きている人間はイエスキリストを十字架に掛け、殺した子孫が生き残っているということをいだき講座を始めた頃に先生からお聞きした時、気が狂うと感じる苦しみを感じました。今日もイエスキリストを前にし、あまりに程遠い存在と感じ、畏れを抱き、我が身が恥ずかしく自分の身を隠してしまいたいと感じ、身を潜める反応をしてしまうことに、疎外感まで感じる瞬間もありました。闇のど真ん中にありながらも美しい生命を貫き生きる生き様を目の当たりにし、疎外感を感じていることの罪深さ、傲慢さも自覚し、とにかく先生の演奏とひとつにあること、ど真ん中から逃げずに、生命ひとつであることに努めました。イエスキリストは復活したと言われていますが、私は先生によってイエスキリストが復活したことを目の当たりにしました。北上でのコンサートでは先生によりアフラ=マズダが現れ、今日は、先生によりイエスキリストが復活し。。。とあまりに畏れ多い経験をさせていただき、身が震えるばかりです。イエスキリストの存在が見えるように感じられたこの事実を前にし、人間としどう生きていくのかとは自ずと問われます。問いに対して真っ当に答えることなくして生きることはできないと感じ、必死で今この瞬間に起こっていること、あらわることを受け止めました。生命有る限り人間となる学びをし続け、人間となることより答えはありません。
第2部「美しいがゆえに美しい」とのメッセージの意味もわかりたく考えました。美しいがゆえに美しいとは。。。人間は元々美しい生命で生まれた故に美しく生きていけるということかと考えました。
「美しいということは途轍もないエネルギーに充ちています。未来に向かうエネルギーです。果ても限界もありません。どこまで美しく生きられるでしょう。美しいということは穏やかとか静かという意味もあります。穏やかに静かに細やかに隙なく湧き出ずる有限な生命体に生まれる無限ともいえるエネルギーがこれからの未来です。美しいプロセスにおいて進化する生命。愛」
穏やかで静かに細やかに隙なく。。。とは、言葉を聞いただけで美しい響でした。穏やかで静かという表現からは、高句麗古都集安に行った時、19代王、好太王碑がある地を歩いていると、山の向こうの出来事までも聞こえる程の静けさを感じました。聞こえたメッセージは「心静かでなければ戦さには勝てない」でした。心になにもなく、空間とひとつであらねば戦国の世では生きていけないことを高句麗の地にて教えられました。そのことを思い出し、お聞きしていましたが、先生の音は宇宙までも届くような透明感あふれる美しい音でした。全体であり、全てと交わりながらも最も澄んだ神聖なる生命の美しいことに、第2部も畏怖を覚え、真に美しいことの前には、身を隠してしまいたい衝動が生まれてしまう自分とは何なのかと考えることも複雑な気持ちになることも傲慢であると感じていました。美しく生きることが人類の未来を創り、世界の平和も実現できることが見えました。途中、私にとって最も傷ついたと感じていたことが浮き彫りとなりました。今朝、見た夢は、そのことでした。まだ、あるのかと驚き、情けなくもありました。コンサート中に浮き彫りとなり、消えていきました。傷などついていないのです。自分の我や自己中心的なところに重なり、傷ついたと思っていましたが、誰のせいにもできないのが人間としての人生です。生きている時に一切の汚れも曇りも重荷もなくし、人間とし美しく生きていけるように学ぶことが必要と甚く感じ、今日のコンサートのように、「美しい」ことを学び、体験までできる人生の恵に感謝し、活かしていくことが人間であると考えました。畏れ多い経験でした。が、経験した限り、活かしたいと望むだけではなく、真に活かしていくことが人間とも身にしみました。イエスキリストを十字架にかけた子孫が生き残っている人類史とのお話は常に心にあり、生きてきました。今日もそのことを考えていました。先生のピアノ演奏により引き出される生命の光があらわると、過去はどうであっても全ては洗い清められ、生まれ変わったように光満ちる生命で生きていける人間であることも経験できました。母の胎内に発生した瞬間は光であったことを経験させていただいた時のことが蘇ります。光で生まれた生命は美しいことが生きる希望であります。美しい生命が美しいままに進化していく生き方を学び、身につけていける人生を生きていきます。今日となりましたが、三鷹でのコンサートがございます。心より感謝し、行かせていただきます。ありがとうございます。