存在
その時空間が真っ二つに割れ全く新しい空間が現れ裂けた稲妻が今も目に映ります。天なる神に叫ばれたイエスの十字架にかかり叫ばれた多くの書物が諸説唱える叫びについて苦しい、そのままに言われたと先生が発声された瞬間のことです。存在が先生とともにあること瞬間同時に分かりました。ここまでは19日の朝の下書きです。あの時先生の言われたことを間違って聞いていないかと不安でした。少したち感じたらそのままに書き込もうと考えました。さらに昼頃になり受講生の友にアントレの稲妻の話をし涙思わず出た話をした時のことです。その人は高麗さんの書き込みを読んだ瞬間涙ほとばしり出たと。その瞬間です。はるか昔小学生か中学生か初めてイエスが十字架にかけられた時に叫んだ言葉を読んだ時私はそのままに受け取った瞬間があったことを思い出したのです。そのすぐかしばらくしてか素直に言うことは間違いで、もっと言うなら素直に思うことは間違いだとずっと思い込んでと言うか思考回路をめんどくさいものにして育ってしまったことに今更ながら気づきました。夕刻ヘルスディナーに参加かないヘルスコーチ、スタッフのご尽力のまたとないディナーを皆様と楽しく美味しい時を過ごさせていただきました。未来は希望に満ちています。いだきしん先生、高麗恵子様、いつもほんとうにありがとうございます。