変化・進化
3月18日の盛岡コンサートと23日の仙台のコンサートに参加させていただきました。
思えば今年初の東北で、2月の地震の影響で、行きかえりのどちらかを高速バスと新幹線という組み合わせで日帰りでコンサートに行き、翌日は仕事と、その合間を縫ってシリア・パレスチナの子供たちへの救援物資の手配も行い、目まぐるしい日々でしたが、日々の業務を粛々とこなすよりも、ずっと充実感がありました。
盛岡のコンサートの第2部のアンコールでは、ピアノの音が琴の音のように聞こえ、途端に銀の河が一斉にピアノから流れ出てくるような感じを受け、思わず「銀河」と、初めて内から言葉が出てくるという不思議な体験をしました。
23日は亡くなった母の誕生日ということもあり、参加いたしました。
毎回のことでありますが、たった数日のことであるのに、IDAKIの行儀を経験するとすでに何日も経過しているような錯覚になります。
このような非常に濃い日々を経験した本日で、自分の変化を感じました。
私の業務はサービス業で、ややもすると便利屋扱いされる傾向があり、それが私の課題でもありました。以前のアントレで金にならない仕事はするな、とその言葉はずっと頭に入れ、ノートも見返し、判断基準にしてきました。
今朝、担当企業から来たメールの内容が、私に依頼してくる内容ではないと感じたので、その旨を伝え筋を通しました。相手の返信からは怒っている様子を受けましたが、そもそも依頼先が違うので、相手の次元に合わさず返答しました。ここにきてずっと変われずに来た「変な使われ方」から脱却していると感じました。
それから、私がアドバイスをした新卒社員が仕事の受注を取りました。
その受注先は弘前の印刷企業で、どういう情報や切り口が広報手段としていいのかアドバイスが欲しいということで、私がアドバイスをしたのですが、その企業の新技術であるとても繊細なカッティング技術から、「京都」や「和の模様」ではなく「弘前城」や「桜」、「ねぷたまつりの山車」など、弘前の自然や文化・芸能を活かし、「弘前の印刷企業」をアピールするのはどうかと提案し、それが先方に伝わり、受注となったとのことです。
その他、私が同席した北陸のアパレル企業も継続が決まった報告を受けました。
同席やアドバイスはここ最近ですが、継続や受注につながった打率は4割くらいで、自分でも交渉事や営業は強いんだと実感しました。これも生まれ育った土地や環境下にいたら決して芽吹くことはなかったと感じます。
また、コンサートや講座に行くことで日本全国を旅したからこそ、違った視点でアドバイスや提案が可能となったと感じています。
まさに動くものは生き残り、とどまるものは滅び去るです。
どんどん余計なものはそぎ落とし内側を綺麗にし、真の自分につながっていくのかは…、近い感じがします。