KEIKO KOMA Webサロン

地震を経て今。


荻窪でのコンサートがあった夜遅くに大きな地震があり、東京でもとても強い揺れが続きました。テレビをつけると字幕テロップが流れていて、山元町や仙台市の青葉区など、なじみのある地名が出ていて心配になりました。一夜明けて東北に住まう皆様の安否が気遣われましたが、WEBサロンでご無事との書き込みを読ませて頂き、安堵しています。いったんはお休みと考えた結工房を、多くの方々の力になればと今日も通常どおり営業されるとの書き込みも読ませて頂き、東京にいて何事も無かった私は心を正される思いでいます。

地震が起きた瞬間、強い揺れに10年前の恐怖がよみがえり体が固まって動けなくなってしまいました。揺れがおさまり我に返り、部屋のコタツにしがみつき何も出来なかった自分の状態にぞっとしました。コンサートでどのような素晴らしい経験をしても、いざという時に恐怖で何も動けない自分の実態を見せつけられました。そして昨日のコンサートの第二部のメッセージにありました「全体にとけあっていかないと愛にはなりません。言葉に要注意。特に書き言葉に。」のお言葉が思い出されて胸が痛くなりました。自分勝手な生き方をしていても立派なことはいくらでも書けること、愛を経験した・・と言葉を連ねていくらでも書けること・・そのことを恐ろしいと感じ、それは嘘を平気でついているのと同じであり、人間としてとても恥ずべきことと自覚します。

11日の府中でのコンサートで、大いなる存在にいだかれ、大いなる存在のもとで全ての人と共にあり、ひとつである幸せを経験し、大いなる存在のもとで人と愛し合い、共に生きてこそ自分の意志は芽生え育っていくのだとわからせて頂きました。
そのことは今までに無い全く新しい始まりの原点となり、一筋の確かな道となって荻窪のコンサートに続いていることを実感します。コンサートを経て戻っていく日常は元の日常ではなくなっており、既に新たに生まれ変わらせて頂いている自分がコンサートの経験に留まらないで、たえず超越していく機会を与えられている日常へと次元が変わってることを、この度の地震が教えてくれました。恥ずべき実態を見せつけられたことも、現状を認めてそこを超えて生きて行くきっかけを与えて頂いたのだとわかり、胸の痛みも今は感謝の気持ちに変わります。

地震が起こる前に書き込みを始めていた内容は、地震の後、自分の内面に違和するものとなり、新たに書いた内容は今、全く違うものとなりました。以前よりも比べものにならないほど数多くのコンサートを1ヶ月間のうちに次々に経験させて頂いていることは、単に良かった、素晴らしかったで終わらせることでなく、大いなる存在のもとでそれは全て私にとって愛の鍛錬のプロセスであると今、感じられてなりません。

心を新たに、本日の府中でのコンサートに向かわせて頂きます。
今日もどうぞよろしくお願いいたします。

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京都、八坂にて
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