国創りの印
まさか雷が鳴っているとは考えず、何の音かと何度も心澄まし、耳を澄ましました。雷の音とより聞こえず、不思議な気持ちで六本木の本社にいました。ある時、頭の真上で雷が落ちる物凄い音が聞こえ、「ドッカーン」としばらく音の余韻が鳴り響き、一大事が起きた気配に身を正しました。今日から私は国創りの気持ちで「いだき講座」についてのお話を収録し、各地の拠点にて見ていただきたいと考えていました。国創りの動きの時にいつも雷鳴轟きます。日本での高句麗伝説や講演会はじめ、海外での「高句麗伝説」開催前は稲光が天を裂き、雷鳴轟き、土砂降りの雨が降ります。先生はいつもこ浄めとおっしゃいました。今日も午後2時くらいより物凄い音が鳴り響き、「いだき講座」についてをお話させていただき、配信することは国創りであることを天は教えてくれました。
先生と初めてお会いした時のことをお話していた時、あの日も雷鳴轟き、バケツをひっくり返したような豪雨であったことを思い出しました。病気の私は自分の足で先生に会いに行くことはできず、車に乗せてもらい、車から降りて建物の中に入る一瞬であっても全身ずぶ濡れとなったのです。雷と豪雨はいつも国創りのお供となっていますが、お会いした日もそうであったと思い出し、今日の地響きがするような雷の音は国創りの印であり、たくさんの働きかけが応援してくれていると感じ、内から力が湧いてきます。
私は、昨夜家に帰った時から足が痛くて動けなくなり、恥ずかしいですが足をつく度に激痛が走り、涙が出てきてしまうのです。ロボットのようなぎこちない動きよりできずに、体中が痛みました。ふと道中はずっと先生の盛岡でのコンサートの音を聴き続け、眠ると痛みが和らぐことを繰り返していました。何より先生がおられました。痛くなる訳がないと気づいた時、「かぶり」と気づきました。思わず、声を出し「私もうダメかもしれない」と言った時に自分の生命の声ではなく、かぶりと気づいたのです。とにかく休もうとし、目覚めた時は痛みは無くなっていました。自分の体質と生き方を考えました。何よりやりたい国創りをすると決め、いだき講座についてをお話させていただき、世界へ発信することを真剣に考えています。比叡山にいると国創りの風が吹きます。いつもこれからと感じるので、ふといつから国創りが始まるのかと考えると、人間の内面が変わることが一番早く取り巻く環境が変わりますので、すでに国創りをしているのです。
手足の痛みから体の使い方、動かし方を考える毎日です。生き方が体の状態となっていますので、痛みから教えられたことは自分では深く合点が行くのです。子供の頃から身についたことをいつになく考えるようになり、今こそ、身についた動き方も癖も変えていける時と感じ、真に100パーセント真の自分を活かしていく喜びが生まれます。半端な状態は今後は一切無用であります。自分を隠すようになる前の子供の頃の遊びは国創りごっこでした。土を盛り、山を創り、木の枝を土に挿し、「建国」と叫んでいました。最近その頃の春の風が生命の内に吹くのです。人間の内面を根源的に運命から改善してくださる先生の働き、「いだき講座」を世界に伝えることは国創りであり、世界平和実現への一番の早道です。いだきを前面に打ち出し、世界を変えていく働きをする時と考えます。
今日となりましたが、盛岡コンサートの音を詩に表す機会がありますことに感謝します。そして先生のお話「いだき」のライブ配信がありますことに心ときめきます。日々、真の自分を世界に表す訓練をさせていただき、感謝します。
今日から国創りと心の中で宣言し、動き始めました。雷鳴轟き、国創りの印を示していただき、ビデオ講演会サロンも国創りの始まりと考えさせていただくと、遠い地からもご参加くださる方がおられ、今こそお気持ちある方と共にいだきを世界に伝えていく時と力が溢れて参ります。ありがとうございます。