KEIKO KOMA Webサロン


東北に続く7月の京都、琵琶湖、奈良での「高句麗伝説」が無事に終わりました。とてつもない歴史を駆け抜け、無事に宇宙の彼方へ向かうスタートラインに立てた安堵が胸にひろがり、生きていることに感謝します。

琵琶湖での神現れ、動き出す地鳴りがする音が体に響き渡りながらも、現実は、貸していた工房の鍵を紛失され、琵琶湖での「高句麗伝説」から突如、生命を狙われているようななんとも嫌な気持ちの悪い感覚に襲われ、頭が蜘蛛の巣を張られたようにとても気持ちが悪くなり、神経質な私はとても眠れるものではありませんでした。私にとって鍵を紛失されることは生命狙われていると感じるシンボルとなっているのです。眠れぬ夜を過ごし、奈良での「高句麗伝説」に向かうことは、不甲斐なく、なんとかしたい気持ちで必死でしたが、頭は重く、体は比喩ですが、50キロの荷物を背負っているように重かったです。鍵をなくされたことが耐えがたいことでした。いつも奈良での「高句麗伝説」では、まわりにいる人がとんでもないことをし、とても辛い思いをします。歴史の因縁と受け止め、ここで解決できるならば。。。と言い聞かせ、耐え、本番を待ちます。以来、本番前は、人とは接触せずに、楽屋に引きこもり、耐えがたい苦しみを人にぶつけないようにしていました。まさか今日も、眠れぬ夜を過ごし、重く苦しい体で奈良にくることになるとは想像していませんでした。が、私はこれ以上、奈良の地の歴史のせいにはしたくありませんでした。動員活動にて先週、奈良にて講演会をさせて頂くために、訪れた時は美しい都の香りが蘇っていました。私にはあまりに恋しい香りでした。奈良の地にて苦しむことは子孫の為に生きた祖先の魂までも踏みにじるような気持ちとなり、ただ解決の時を待ち、本番に備えました。

リハーサルの時に先生はクラリネットを吹かれました。その時に流れた音楽からは古の美しい都を築いた祖先の魂が見えました。先生は奈良の地の為に特別に用意をしてくださった音楽だと終わった後に教えてくださいました。私が奈良の地の詩を詠んだことも流石と用意したスタッフは思っていると思うとのお話をお聞きし、奈良の魂の詩を詠めて良かったです、と答えていましたが、その後、帰宅してからしみじみと胸の奥から感謝の気持ちがこみ上げました。このように全て受け容れ、一体となり生きてくださり、表現してくださることで魂は報われていくということがはっきりとわかりました。イメージで表現していただいても魂は報われません。一体となり全てわかりそのまま表現してくださるので、魂は蘇り、報われるのです。私は「なら」と声を出す時、胸の奥深くからこみ上げてくる涙の意味を「高句麗伝説」を開催する回を重ねる度に、わかってきました。数年前の斑鳩での「高句麗伝説」では号泣し続けました。今日も、先生の演奏をお聴きし、明日香と詠むだけで、古の光景が鮮明に見え、涙こみ上げます。国と詠むだけでも涙こみ上げます。私のやりたいことは国創りであることを詩を詠むことではっきりと確認できます。

今日の弘前で現れた封印された神は京都、琵琶湖よりも更に大きく動き出し、何もかも変えていくのだとわかりました。太鼓の音は神の現れです。畏れ多く、この身からも心からも邪や濁りは追い出されます。たたき出していただいているようで、どんどん爽快になっていくのです。今日は、宇宙の生まれる3段階前の源の光、世界も今までになく多く現れでていました。先生の存在あらわる時代です。人類の裏となり、人類を支え続け生きてこられた先生の存在が自動的に現れ出ています。封印された神があらわることは言葉によって表せるものではない程、畏れ多く、とてつもないことであります。同時に先生の存在があらわることも、言葉を失う程の驚くべき世界が現れています。全方位に生きる人間の生命の在り方を学びます。

涙にじむ奈良の地にて出会う祖先の魂あらわる場面に、いつも奈良への道にて出会う恋し香りが蘇ります。今日も、雨に濡れる草木が光輝き、存在を表していました。木津川の畔に見る草木の輝きに祖先の魂を見ます。日本の何気ない田園風景に見えても私には恋しい香りが漂う、美しい風景です。KOMAと記された地名に古の高句麗人を思い、涙します。今日も、「高句麗伝説」の舞台に上げていただき、ありがとうございます。そして「父」まで登場させていただき、胸一杯です。

比叡山への帰路、近江宮があった地を通った時、そのことを話すと同時に近江国の国史は武蔵国の国史を務めていた高麗の人が兼任していたことを話していました。突然思い出したのです。そのご縁で琵琶湖に来るようになったのですね、と自然に表現していました。その瞬間、懐かしい香りに誘われ、琵琶湖の湖畔に立つ時の胸のときめき、詩に綴る古の光景、恋し香りが蘇りました。祖先の魂に導かれ、この地に来たことをはじめて生命の内のこととし認識しました。奈良でも祖先の魂に導かれ、「高句麗伝説」をさせていただいていることを、この度は、自分の身のうちのこととわかりました。京都は当然のこととわかっています。先生に出会えたからこそ、魂に導かれ、歴史を辿り、真が明かされていく人生を生きていけるのです。先祖の代表で先生に会わせていただいていることは間違いありません。自覚を持ち生き、先祖から受け継いだ真の力を発揮し平和実現へと向かう力が湧いてきます。

工房に着き、しばらく、先生はじめ、ご家族が鍵を探してくれました。引き上げる時、みつかったのです。奈良での苦しみが解けました。生命ねらわれていく嫌な感じや、何かに覆われ身動きできない苦しみは消えていきました。私は鍵はみつからないことは、足下狙われ続ける苦痛に付きまとわれるように感じ、なんとしてもみつけてほしいと願っていました。魂が解放され、報われたので、体にのしかかってあった重しが解かれたのだと感謝し、今夜はとても解放感にあふれ、大きな第一歩を踏み出せた喜び、安堵にほっとし、感謝しています。先生が演奏してくださり、先祖は美しい都を創りたくはたらいたのだと生命沁みてわかりました。時が叶わずに、地に埋もれるように生き、死んでいったのです。今の時は叶うのです。必ず成す悲願、と心に誓います。

明日は、すでに今日となりましたが、京都、応用コースの会場にて応用コース開始前、4時50分頃よりビデオ講演会をさせていただきます。3日間の歴史が変わり、歴史を創るかけがえのない「高句麗伝説」をありがとうございます。この場に身を運ばないことはどのような理由があっても成り立たないことがわかりました。「死について」の先生のお話がわかり始めた今、人間になる為に何よりも最優先し身を運ぶ経験とは、更に深くわかります。人類史上はじめての経験であることは生命でわかります。ありがとうございます。

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