北上コンサート
北上に流れる川の水の透明な輝きが今も心にあります。ホールの建物の看板も夕暮れに透明さを放つブルーのアクリル樹脂のようなものでつくられてあり、北上の空間にその地に生きる人間の美しい心が溶け込んでいるように感じました。北上のコンサートの音により、内面に水平に広がっていく普遍な世界は、青い森、と言葉になりました。北上の地と青森はひとつに繋がっていることをお聞きし、先生と奥さまはひとつに繋がっておられたのだと感じました。二部の先生の、ピアノを弾かれるお姿は、この地の空間とひとつとなりあまりに素敵な先生のお姿でした。なんといったら良いのか、得意中の得意と言わんばかりの、この地のエネルギーをよく知っておられるそれは、私たち現代人が見失ってしまった尊い縄文の精神を再現してくださったように感じ、先生の存在そのまま表しておられるようで、あの演奏をまたお聞きしたいと感じる表現していますと、情熱が甦ってきます。二部のあの音をお聞きでき、最高に幸せです。ありがとうございます。演奏では、ど真ん中に入れ、と言葉で聞こえました。私は新しく始めた仕事に忙しく振り回され、本音をしていないことがあることに気づきました。先生の縄文の音にカツを入れられ、音が絵に見えていきました。空間を変えるような絵が描きたくなったコンサートです。日本の源にある優れた縄文の文化、縄文の魂を北上で出会えましたこと、昼間、ふれあってきたこの地の人々の優しい静かな空間は、そこにいるだけで心しずまり、そのような経験に北上の存在を探すようにしてありました。同じ日本列島であっても、空間が違えば、言葉の響きも、生きる人間の状態もまるで違うことを経験します。内なる内面にも深奥に見えた光、いくつも輝き、このような経験はじめてです。縄文の魂のめざめを演奏してくださり、ありがとうございます。これからに、生かしていきます。