動きの時
えりかちゃんの誕生日の朝は、澄んだ空に、純白に輝く富士山が大変美しい朝でした。新しい生命を祝福しているように感じ、心から笑み生まれ、子供達が生きていける社会、地球環境を創りたい本音を必ず実現していくと心に誓います。
コンサートの開催スケジュールを組むことが大変難しく、毎日考えます。今年一年のカレンダーを見ては、考えることが多いです。行動せずしては見えないことがあると考え、まずは動きを創ることにします。今年は、日本も世界も歴史上ない程に大きく変わると見えています。時代を先駆け動くことが必要な時と考え、日々、内面を研ぎ澄まし、必要な動きができますようにと祈るような気持ちです。今日のビデオ講演会でお話しさせていただきましたが、これからが真の人生と感じています。今までも想像をはるかに超える人生を生きてこれましたが、これからの人生は全く想像も予想もできない未知なる人生です。人間は生まれてくる親も環境も選べずに生まれ、生まれつき親や先祖から受け継いだ運命が身に刻まれ、運命には逆らえずに生きざるを得ない悲しい人生を繰り返し生きてきました。親も環境も選べずに生まれ。。。誰もがそう生まれついていますが、私はこのことをずっと考え、悩み生きてきました。こんな事を悩んだら生きていけないとはまわりの人から言われることであり、自分でも答えを出せる訳がないとわかりながらも、答えをみつけたいと望み生きてきたので、先生に出会えたのだと考えています。父母が亡くなり、魂は永遠と生命をもってわかってからの人生は、内面が永遠なる魂となりましたので、奇跡の出会いの連続で、気づけば、人類史を辿る旅をし、人類発祥の地まで行き着いていたのです。エチオピアコンサート「天命」にて、11万人もの聴衆が集う中で、先生が表現された第一音を聴いた瞬間、胸の奥深くが懐かしさに包まれ、涙あふれました。「この音は生まれる前から知っている」という言葉が生まれました。この瞬間を生命は知っていたとわかる経験でした。この世に生を受け、この瞬間を経験できれば、生まれてきた意味がわかると、幼い頃からずっと求め続けてきたこと「人間は何故生まれ、どう生きていくのか、死んだらどうなっていくのか、死が終わりでも別れでもない永遠の世界」がわかる瞬間でした。更に生きることの意味が深まり、人間とは。。。の答えは日に日に年々深まっていく人生です。そして、これからの人生こそは完全に予想も想像もできない未知なる人生と感じ始めている今、畏れを抱き、夢を見ているような気持ちになります。
街を車で通る時、今まで感じたことのない、ある何かを感じ、畏れを感じます。真を前にし、一人一人の生き方が問われていると見え、感じるのです。先生の存在があらわるということは嘘も誤魔化しも全てが明らかに見え、真を前にし、一人一人の在り方がそのままあらわれ、どう生きていくのかを瞬間瞬間問われていると見える空間となっています。今までにないことです。
狛江「高句麗伝説」にて好太王様が体をぶち破って現れ出、存在に出会い、一人一人はどう生きるのかと問うていることを、その後に開催しましたサロンにて感じました。存在に出会い、知らぬふりをするのか、逃げるのか、隠れるのか。。。真の自分を表し生きていくのか。。。真あらわるとは全てが明かされ、どう生きるのかを問われていくことに畏れを感じる毎日です。この時を迎えられたのは先生の存在が現れている故とわかります。今までは見えることのなかった先生の存在が見えるのです。この世はひっくり返ることは当然のこととは身をもって経験しわかることであります。今までのようには生きていけず動いてもいけないことを、スケジュールを考えるだけでも身をもって経験するのです。動けば更にわかります。好太王様が現れた衝撃で体は大きく変化していましたので、少し様子を見ながらの動きが続きましたが、今日からはひたすらに動いていくと決めています。東北へと向かいます。ありがとうございます。