分断へ向かう臨界点
嫌
理由はない
けれど、確かに感じている
触れても
内面に触れない
生命の深部で、響かない
私の生とは
ちがう
ただ
ちがう
それだけのことだった
そのちがいを
ちがうと
置けたとき
否定する必要は
なくなっていた
遠ざける必要も
なかった
深さが
勝手に
切り替わっていた
⸻
否定に向かったのは
感情が強かったからではなく
深さを
誤っていただけ
⸻
「ちがう」と認めることは
私にとって
とても難しかった
守りたいものが
そこにあったから
変えられないと思い込んでいたものがあったから
だから
考え方で
置き換えようとしました
「これは変えられない」という前提を
条件として
自分に課していた
その分
見えなくなっていた
⸻
何度、整理しても
何度、認めたつもりでも
見ていなかったのは
喪失の予感でした。
だから
自覚もなく
自分を責める形に
戻ってしまっていた
⸻
争い
分断
拒絶に変わる前の感情を
音のちがい
味のちがい
のように
身体が抵抗をやめる瞬間は
今までの関係は終わる、という
喪失の覚悟なのかもしれません。
もう混ざらないという事実だけ
そっとおく
今は、そのように感じています。

※写真は鎌倉で、目に止まり、たまたま入った「玄」という喫茶店の珈琲です。
