共感
胸の苦しみが溶け、自分の内と外の境がなくなる瞬間、空間とひとつ、あらゆる生命とひとつであることを感じ、共感する生命の素晴らしいことを経験しました。地球全体に影響する空間の働きを感じ、地球の裏側で共感する生命があることもリアルに感じ、また空間が光に満ちて子供たちが健やかに伸び伸びと生きていける世界がつくられていくことも感じ安堵しました。14歳でいだきに出会えた自分は、子供のころの先生との対話や交流が永遠の光として確実に自分の中にあることを自覚します。海外にいたときに、先生のお働きは場を超え海をも超え世界中どこにいても働いていること、空間を通じて今のこの一瞬を同時に生きていることを強烈にわかる経験したことをしっかりと身の中心に据え、軸として生きていかなくてはならないことを昨日のアントレプレヌールサロン、今日のコンサートを得て深く考えています。生命は距離にも時間にも影響を受けることなく、空間の働きで内面は常に同時性の中に存在できることを知ります。
以前、詩会のあとに先生の作られたお食事をいただく機会に恵まれ、高麗さんを中心に皆でそのお食事をいただいたとき、口にした一瞬、食べものが喉を通ったという感覚も忘れ、ただ皆でひとつにあることの幸せと感動に包まれた衝撃を思い出します。厨房から出てこられた先生は、味覚はひとりひとりまるで違うのに、おいしいと共感している状態だとお話しくださいました。そのときもコンサートで経験するように、皆で同時にひとつにあることを体感し衝撃が走ったのです。その瞬間、自分が経験している幸せを共に分かち合いたい多くの人のお顔が勢ぞろいして見え、おいしいと共感できる場を自分自身も生み出していきたいと目標が見えたのです。
どう生きどう働いていくかを考えていく基準も、人間とは何かの答えも、共感にあることを示してくださり、これまで理解していた意味では不十分であったとわかる昨日と今日の経験です。人間として生きることの核を教えていただき今日も心よりありがとうございます。