光が迫り来る感動
ヤマハホールでのコンサート前のビデオ講演会にて生命の光のお話をさせていただいた矢先に、コンサートメッセージ「光のかなしみ」と読ませていただき、深く感動しました。それも光のかなしみと表されているのです。生まれてはじめて知る真のかなしみに触れる衝撃が走りました。コンサート前には、お会いした人の胸と背中から苦痛や霊魂が飛び込んできました。目に見えない世界では「ドカン」という音が聞こえると同時に重しが押し寄せ、あっという間に、体を壊しました。コンサート会場でも、受付にいると、大変失礼ながら、お客様の体から苦しいエネルギーが見え、身に受けました。薬の匂いまで感じ、更に具合が悪くなり、ふらふらな状態でコンサートがはじまりました。先生のピアノの音は生命の音と見え、感じ、ただただやさしい音に全身を委ねました。私は相変わらず、後頭部がしびれ、まるで巻かれたネジが巻き戻るような体感となるのです。いかに後頭部をつかまれてきたかを先生のコンサートの度に体の反応から認識します。私には生命の深奥に光が見え、光のまわりを取り囲むようにし闇が見え、闇は光を隠し、つぶしていくと見えます。生まれつきの運命により出会う人間関係は闇の部分で出会いますので、苦労と不運に見舞われますが、光と出会い、光と交流する人間関係となれば、人間とは何かをわかり、幸せな人生を生きていけると見え、演奏中には生命の深奥に輝く光と光がつながる世界が見え、とても幸せと希望を感じました。闇と関わる人生、人との関係は、悲しく、辛いだけと身にしみ感じてきましたので、これからは光と光が出会い、光の世界で生きる人生を生きていけるのだとおおいなる喜び、希望が生まれます。
第2部「光みちる命」とのメッセージはただ文字を読むだけで幸せを感じます。「単に願望だけにすぎなくても、光みちて輝く命で生きてみたいということはないでしょうか。どのような人生になるのでしょう。はっきり言えば、光みちた命以外はこれからの人としての未来はありません。」とのメッセージをそのまま受け止め、光みちる人生とは具体的にどのような人生なのかを考えながらお聞きする演奏は、生命に沁み入りました。光みちる生命で生きるより今後の人生はないとは深くわかっています。そのことを今日のビデオ講演会にてお話させていただいていたところでしたので、あまりにタイムリーなメッセージがありがたく身にしみ、深く感謝します。
「今からの演奏は光みちる命の第一歩をしたいのですが、いかがでしょう」と詠ませていただいた時に会場から沸き起こった拍手の音から、そのことを希望している方々のお気持ちを感じました。もちろん私も希望しています。メッセージは続きます。「考えることの根幹です。一挙に光みちる命を体感することはできません。ゆえに、第一歩です。さて、次はいつどこで。。。」と締めくくられました。次は、3月31日琵琶湖ホールです。次が間近にあることがなんてありがたく幸せなことでしょう。
第2部の演奏は私が求めてやまない世界でした。この音を聴く為に生まれてきたと感じる程、求めてやまない世界を感じます。生命の悲しみとも感じました。同時に生命の真とも感じました。闇の世においては、分かり合えないことや、裏切られることは悲しいと感じてきましたが、本当は悲しいことではなく、生命のかなしみは、人間とし生まれ、宇宙でたったひとりの自分の真の光を表すこともできず、活かすこともできない悲しみを感じました。また美しい生命が美しいままでは生きていけず犠牲となってきた悲しみを感じました。一部も2部も光が押し寄せ、胸に迫り来る体感があり、涙あふれ、大変感動しました。光は闇を溶かし、闇は光と変わるのです。この瞬間「かなしみ」という言葉が生まれます。かなしみは光となり、愛を経験します。胸に迫り来る感動の波が押し寄せ、人間とし最高に満ち足りた心は、すべてをおおいなる存在に委ねられ、大宇宙に生きる生命を体感します。生きていることに感謝し、新しい人生に希望を感じます。
コンサート後に先生にお会いした時、今日のコンサート前に人にお会いするとその方の苦痛が体に飛び込み、一変に体を壊してしまったことをお話させていただくと、先生の気持ちがわかってきたかという内容の表現をお聞きし、改めて驚き、気づきました。先生は人の生きている状態と一体となる御方です。隠すことも繕うことも誤魔化すこともできないのです。あるがままがそのまま先生の方に向かっていってしまうのです。今日、私が経験したことは、先生にとっては全ての瞬間瞬間の出来事なのです。エネルギーとし体でわかってしまうのです。隠そうとすること自体がいかにおかしいことかと自分が経験した今は、いかにおかしいことが人間は身についてしまったことかと身にしみ感じます。
先生の演奏は光が胸に迫り来るように感じました。生命の深奥に輝く光と空間がひとつになる体感でした。生命の深奥に輝く光と空間の光の間にはだかっていた闇を光の波が押し寄せ消してくれたのです。闇とは人間が作った社会であり、生まれつきの運命を繰り返し生き死んでいった霊魂や霊界であり、生命を犠牲にしていく世界であると見えます。光が迫り来る体感とは、悲しみであり、人間とし最高の恵であり、幸せであると感じます。生命あり、これ以上の感動と喜び、幸せがあるでしょうか。生きていてこれほどの経験ができるとは。。。経験し初めて求めてやまない世界と気づくのですが、はるか彼方の時にはこの瞬間が来ることを知っていた存在があるのでしょうかと、ふと感じる懐かしく、愛おしい音の連続でした。次は琵琶湖の畔でのコンサートで経験できることが心からありがたく幸せを感じます。ありがとうございます。