元気よく生きる
昨日の応用コースでは、前日の高句麗伝説であれだけの経験をしながら、何もなかったかのような空気に飲み込まれて生きる感じが何とも情けなく、先生と質問されている方たちとの受け答えを聞きながら、惚けているのか何なのか「もうやめて」と叫びたくなり涙が出そうでした。私自身の生き様も露わになって、先生に対して申し訳なく、いつまでこんな事を繰り返すのか、恥ずかしく情なく人間として居た堪れない気持ちが、衝動的に湧き起ったのです。ずっとずっとこうだったのかと昨日は、はっきりと分かりました。心臓の事を話された方の不安な思いは、私自身も医者から突然言われたので痛い程分かります。先生が、「気持ちも分かります。自分もそうだったから。」と仰った時、先生のやさしさ、愛が伝わります。自分の時も含め、気持ちを受けとめて頂きながら受容し、変えていかれる御方であると昨日改めて会場で目の当たりに見ました。お腹の中の赤ちゃんの事も涙しかなく、どうしてこんな大事な事を忘れてしまうのか、その時凌げれば後は何事もなかったかの如く恩知らずで生きれるのかと、自分に突きつけられ傲慢な自分の状態が丸見えでした。先生が消費税のお話をされた時、ドキッとしました。12月、1月と正直ずっとお金がまとまって出ていくので、1月27日の存在論と死についての案内を見た瞬間、行きたいのが本音でありながら愚図愚図していました。正に先生が仰るお金に囚われたのです。会場に座り案内を見た時、まだ参加できると分かった瞬間、申し込むと決めました。この場に及んで何をためらうのか、お金より生命が欲することが優先と分かったからです。先生が仰った、小銭を数えている事、「もっと真面目に生きた方がいいですよ。」との言葉に何かが自分の中で弾かれました。何を迷っていたのか、今この時に分からずして、いつ何を分かるというのか。急いで申し込みをして、新幹線の手配も済ませた時、スッキリとすると同時にギリギリ間に合ったことに心から安堵したのです。何度も過去苦い経験をしているにも関わらず、お金を計算して目先に囚われ、そればかりか何も経験しなかったかの如く、今までの繰り返しを行う愚かな自分を先生がお祓いしてくださったと分かる応用コースでした。朝目覚めると同時に、この事が分かる今日一日は家の中の事をしても、いつもと気持ちが違い爽やかですっきりと気持ちがいいです。世の中の目に見えない行き場のない空気に負けることなく、元気よく生きます。ありがとうございます。