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いだきはじまりの日をありがとうございます


離れていても
悪に加担するエネルギー

こどもじだいのきおく

こどもも、心が汚くて当たり前。大騒ぎして優しい心なんて無くて、やわらかいものや丁寧なものはブチ壊して、強くないと生きてはいけなかった。今思うとそれは本当の強さではない。でもそれはわからなくて、強さとは、優しさや柔らかさの対局にあるものだと認識せざるを得なかった。

クラスの人気者は寂しさから出来ていた。

大人達も、成長とは愛や優しさを捨てることだと認識していた。それはあの頃は半分は本当であった。

親離れと自立は愛を無くして行くことと同義に思えた。

暴力的で悪魔的なのが強かった。

この社会で一人前になることは、愛を捨てること。

これからは本当の愛と強さの時代であり、いだきに出会えて良かった。更に人として生きる基本を学ぶ。

誰もいだきで習うような人間の尊さや素晴らしさを知らない
それもそのはず、環境を破壊し戦争を繰り返し、愚行を繰り返した歴史を見ても、自分たちの愚かさに辟易するばかり

いだきでは、人間はどう生まれたかを習った。曖昧でハッキリした表現を忘れてしまったけど、しずく、花、という美しい言葉が登場した。だれもそんな素晴らしい真実を知らない、知らないから滅びへ向かう。

美しいいのち

自分についてわかること
内面変えていき平和へ向かうプロセス、具体的に視界開けるようにわかる自己。自分のことしか考えていない、やってますアピール(やってますアピールをしてしまうのは、本当に必要なことをやっていないため。それができていたら自分のことがわかるので、人のことくらいわかる。)、人のことわからない、自分のこともわからないまま自分の都合ばかり、幼稚・未熟なおばさん。一番の『そこだよ!』という聖域には、どういうわけか目隠しをされたように自分に都合の良い解釈ばかりして気付けない。戦争はあってはいけないけど、祈るばかりで本当は、自分にはどうしようも出来ないと諦めてしまっている、そんな自己・・・。

本当の内面の自己で生きてもいいのなら
それは忘れてしまうくらいに昔に願った平和への祈りである 

いだきはじまりの日をありがとうございます。

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