KEIKO KOMA Webサロン

人間とは、を感じる演奏


12/1渋谷コンサートを開催して頂き、また参加させて頂き、誠にありがとうございました。

第一部の演奏は自分の身体を感じ聴かせて頂きました。
ピアノの音は、物事の本質を表し、自分の素に戻ってゆく体感でした。最初は視神経、大脳皮質が解れ、自身の疲れは物事それ自体に付随する余計な緊張や心配、記憶から来るものの作用であったことを解れながらわかるのでした。音は視床下部に触れ、余計なものが削がれてゆきそのままとなる心地良さがありました。その後は脊髄を通って両肩がこんなに重かったのかわかりながら解れ、背骨の真ん中は胃や膵臓に密接に繋がり疲労しているのがわかり、脳に影響していることも感じながら解れ、腰には辛いものが沢山あり、感じながら解れてゆきました。その後体感が一旦わからなくなり、演奏からは遥か昔、太古の空間が感じられ、子宮の存在を下腹部に鈍い痛みと共に感じました。太古から連綿と受け継がれる、いのちの営みが子宮には宿っているかのように感じられるのでした。演奏と共に、どんどん自分の芯を感じていると、芯と外皮、内部と外側である肉体が分離してゆき、芯を感じ、素となることは身体が癒され、太古から続く生命の中にある働きを感じられる経験でした。
第二部は、メッセージの言葉のままに、ミケランジェロのダビデ像やボッティチェッリのヴィーナスの誕生の絵画を思い浮かべました。均整のとれた肉体の美しさ、調和を感じ、心穏やかとなるのでした。ふと、美は目で見て脳で感じるものか、心で感じるものか疑問が湧きました。すると、自分が美術館で鑑賞し、感動で涙した唯一の作品を思い出しました。それはアボリジニの女性の描いた大きな作品で、画面目一杯に大自然の緑が溢れんばかりに表現されたもので、生命の喜びのエネルギーに圧倒され、”人間”を感じ感動したのでした。そして、生命が喜ぶことは美だと感じられました。演奏を聴きながら、生命が喜ぶことをすれば良いと全身でわかり、演奏と、頭と、心と、身体とが、「生きている」という言葉に集約され、生きていることが奇跡的なものに感じられ感動で胸が痛くなるのでした。
本来は苦などなく、ただ喜びのままに生きられる世界を体感しました。
ひとしきり涙が出ると気持ちが落ち着き、演奏から感じるのは愛でした。そして、愛ってなんだろうと疑問が湧き、演奏から感じるのはエネルギーでした。様々な境、境界を溶き、全体を一つにするエネルギーが空間に降り注ぎ、心も身体も清らかにあたたかくなるのでした。世界中の人々に経験して欲しい演奏でした。
素晴らしいコンサートで、疲れも吹き飛びました。先生に会えた喜びが会場中に満ちていました。人間でありながら、改めて「人間」の本来の生命の働きや美しさ、愛を経験させて頂きました。生きながら新しくなる経験を誠にありがとうございました。
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