人間とし
東京に帰ってきて、夜を過ごすことの恐怖は完全になくなり、抜け出せましたことに感謝します。苦しい日々でしたが、盛岡コンサートにて見た世界は核戦争後の廃墟と化した世界と死人に埋もれた大地でしたので、取り返しがつかないことが起こる前に、気づけました数々を考えますと、おおいなるはたらきかけと受け止め、心よりの感謝に変わりました。何かが起こってから気づくことは誰でもできますが、起こったことが取り返しのつかないことであれば、これ以上の愚かなことはありません。今から手を打ち、先を創ることに邁進できますことはありがたいことであります。
スタッフからの報告メールにて、7月1日に「高句麗伝説」を開催します府中の地に展示されています武蔵国の国司を務めた先祖がモデルとなり作られた国司の銅像の写真を見ました。私が良い国を作りたい気持ちが強く生まれるのも、世界の平和を実現したい気持ちも先祖が共に在る故と改めて考えました。目に見えない世界が見えることを疑うのも、自分を打ち消すのも、先祖の魂を疑い打ち消していることになると気づき、畏れを感じ、ただただ頭を垂れるよりありませんでした。生まれ持っての資質を受け容れ、活かしていく時に、ずっと生命ひとつに生き、先生に出会わせてくれた先祖の魂も最大限力を発揮できると考えます。自分一人ではなく、先祖の魂が共に在る生命を受け止めた時に、人間が人間とし生きていける良い世界を創る強い意志が揺るぎない柱とし、生命の中心に立ちました。その柱は宇宙の生まれる3段階前と繋がっています。怖いものはなく、ここで生き、人間の時代を作りあげていきます。今後のコンサートは、多くの人にお伝えしていくことを考え続け、今日はお手紙もつくることができ、生命が躍動しています。
電車の中では人が病んでいるとスタッフが話していました。私は車を運転していますが、正気かと疑う運転をする人が多いです。おおいなる存在とつながり、身を守り、先を切り拓くことが必要と甚く感じます。人間が社会を作りますので、人間が人間になれば、社会は良くなります。何をするのも人間がしますので、人間となる修養の機会が必要と甚く感じます。常に人間とし生きることを学び経験をさせていただいています私たちは真に恵まれています。良い仕事をし、人間が生きる社会を創ることもできる人生も恵まれています。ありがとうございます。