KEIKO KOMA Webサロン

京都コンサート


第一部のまるで大海原にいるような大迫力の中、日本はこの力によって守られているとわかる体感でした。昨夜からその不思議な体験を考えているのですが、明らかに自分とは異なる存在であることは間違いないのですが、全く自分と同一のようにしてある存在が表れ、横に並び、一つになると自分を遥かに超えた力が生まれ、無尽蔵に力を発揮してゆけることに驚き、一体このもう一人は誰なのかと考えていました。普段の人との関係性の中では、ほとんどが立場の違いによって上下関係の中にあり、気を使い、一心同体のようにして生きていける関係は経験したことがないからこそ、コンサートで出会ったこの人は一体なんであったのか、と不思議に感じるのです。無我夢中で、一心不乱であった体感が心地よく残っているばかりです。
子供のころのことがなぜか思い出されていく第二部では、志を自分の中に問い続けていました。良い成績を修めることが目的のような時期もあり、期待される姿に自分を繕う時期もあり、自分の夢も目的も、ましてや志なるものは、上から塗りたくられた作られた言葉でしかないのかもしれないと感じました。どんな言葉もむなしく感じ、自分の内なる遥か彼方を辿り、問いました。恩返しよりないという気持ちが生まれてくるのでした。自分を助け、育て、先生に出会わせてくれた存在に恩返したい気持ちを問いました。恩返しの意味は一体なんであるのかを考えました。恩返しの意味も、志も、うまく言葉にできないのですが、自分を突き動かす意志は確かにあるのです。今の自分の未熟さを想えば恥ずかしくなるくらい、将来やりたいことは大きくはっきりと見えていました。背中から何かに抱かれているように暖かく、幸せでした。

幻のコグリョカフェで美味しい珈琲とスイーツと高麗さんに内面の光景を書いていただける機会にも心より感謝いたします。今の自分をわかることが次の一歩になります。あるべき自分、なるべき自分はつくりもの、と書いていただき、肩の力が抜け涙までこみ上げました。この1週間に親戚、知人と2人亡くなり、また自分の仕事の体制を変えていこうとこれまでの在り方を見直す中で、自分はどうあるべきか、何をすべきか、とどんどん意識的になっていっていたことに気づきました。自分の悪い癖であるともわかります。高麗さんに書いていただいた言葉には、大いなる存在に抱かれて、素直に認め、生まれる気持ちをあらわすとありました。素直に生きる心、生命に働く力があってこそ、上手く成してゆけると感じます。自分ひとりが肩に力を入れ頑張ってもどうにもならず、天が味方してくれるかどうか、神が働く生命であるかどうかなのだと改めて気づかされます。

ありがとうございます。

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東京高麗屋にて
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密談は続きます。このような広いホール内ではなかなか出来ない事です。この時も撮影は続きます。
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將 8回目