京都にて
今日は、京都事務所にてビデオ講演会、「本音で生きて下さい」講演会、ミーティングに参加させていただき、ありがとうございます。
ビデオ講演会に参加させていただき、気がつくことばかりで、本当に今日参加できてよかったです。高麗さんが長男であるお兄さんがいだきを始めたらよかったのに、と考えているところがあったとお聞きしていた時に、私は「母がいだきの活動をやれればよかったのに、私じゃなくて」と考えていることにハッとしました。母は能力の高い人で、根性もありますし、意思が強い人です。私よりもずっときちんとやれたことでしょう。今は寝たきりの体でありますので、私は活動の報告をいつも母にしています。現実的に体が動けるのは私なのです。いつまでも、母ならよかったのに、と考えているのは、ずるくて逃げているだけだと気がつきました。いだきの活動は、あまりに畏れ多いことなので、どこかで自分などが関われるのはなんだか分不相応な気がしていましたが、余計なことを考えず、今の現実をそのまま受け止めていきます。
講演会では、人は本当に一番初めはどうやって人間になっていったんだろうと考えました。わからないです。自分自身のことは、鏡に映したり写真でしか見えないから、見て意識で疎外していくこと。自分の生命一つで生きていないこと。見ていること、説明していること。内臓も、今だに、肝臓の位置はわかりません。自分の生命なのに。ルーマニアの記者会見で質問に答えられた時、先生がピアノで表現されるのは、「宇宙よりも広い内面の世界」私の内面が宇宙よりも広いことを表現なさっているとは、あまりに凄いことです。タンザニアコンサートで、高麗さんのお隣に座っておられた方の内面がゴロッと音を立てて変化なさったお話には驚きます。その映像は、日本の映像で、日本の自然は受容のエネルギーがすごいということ。日本で生まれたこと、今生きていること、全てに感謝の気持ちいっぱいです。ミーティングでは、空間を作ってしまった方が早いとのことが心に響きます。毎日、私はどの家にいても先生の焙煎されたコーヒーを先生や高麗さんの器でいただき、音楽があり、マーブリングのカーテン、高麗さんの書、詩集、マーブリンクの服を身につけていると、何が真実であり自分がずれている時は違和感と体の不調でわかります。人に表現すると、ますます自分の状態は自覚できます。自分で自分のことがわかっていけることのすごさは、他にはないことです。とろとろしていては、カミナリが落ちてくるかもしれません。新たなスタートを切ります。ありがとうございます。