五女山の秋
昨日の状態と一変し、今日は、新しい生命となり、地獄の底から抜け出したような体感です。抜け出した生命が生きる世界は、今までの世界ではなく、全く新しい世界です。昨夜は、夜風は秋の風でした。今日も秋の気配を感じ、コーヒーをじっくりと味わいたい気持ちで、淹れようとしました。暑い夏の間は、五女山コーヒーに助けられ、支えられ、乗り越えてこれました。体も変化し、全く新しくなれたので、今日は五女山コーヒーでなくても、元気で過ごせると感じ、目を閉じ、手にしたコーヒーが今日にぴったりのコーヒーと考え、どきどきしながら、目を閉じ、コーヒーを選びました。手にしたコーヒーは五女山コーヒーでした。思わず声を出して笑ってしまいました。どんなに変わってもいつも私は高句麗に戻ります。五女山コーヒーを淹れさせていただくと、五女山の秋の香りがしました。五女山に秋が訪れ、すべての生命が実る香りです。美しく豊穣な香りを楽しみながらコーヒーを淹れ、初めて使わせていただく、先生の陶器にいれました。五女山の土の香りがしました。豊かな土壌に生まれ、成る実りの味がし、東京にいながら五女山の地にてコーヒーをいただいているようでした。日本にいながらも先生が焙煎してくださった五女山コーヒーで五女山の風を感じ、先生が作られた陶器で五女山の地に居るように過ごせるとは、なんと恵まれた人生でしょう。このような手があったのか、と驚き、感心しました。
アンフィニでの講座にて、自分の居場所に居る、との因子を調べさせていただいた時、先生は、居るだけでは物と同じ、居るだけ邪魔。とおっしゃいました。今日のボランテイアミーテイングでも最近行う全てのミーテイングにて、居るだけは邪魔であり、居るなら役に立つようにはたらくことと言い続けてきましたので、先生からお聞きでき、確信を持ちました。また、歴史が変わる8月の3回のコンサートと大ジェンダーにての人生決まる決定的経験と体の変化を経、私は世界の平和を実現する為に生きること、はたらくことが生きることと生命全てで身にしみわかりました。同じことをしているようであっても確実に世界の平和に向かい貢献できるように生きることができれば、生きているということなのです。そうでない毎日では、生きて死んでいるようなものとは甚くわかります。そのようにだけは生きていきたくないのです。生きて死んでいるような毎日は先生に出会う前に散々苦しみ、死ぬほど苦しみ、虚しさに襲われました。生命ぎりぎりのところで先生に出会え、生命助かりましたので、同じことは2度としたくはありません。世俗の生き方を普通というなら、普通に生きたら、滅んでいく時代なのです。何の為に生まれてきたかわからない人生となってしまいます。先生がおられる時代に生まれ、出会えた人生です。人類の存亡がかかっている今、奇跡に賭け生きていけば元気一杯生きていけます。世俗を見ると、虚しくなります。可能性と奇跡に賭け、元気に未来に向かい真の自分、力を発揮し、世界の平和を実現できる人生を生きることを貫きます。
先生が食べ物のことを解明され、お話されると、体が反応し変化が起こります。そのことによって、先生のお話が体でわかります。現代人は絶滅種であることを身をもってわかりました。滅ぶことをわかり滅んではいられません。先生は常に抜け出す道を見出し、私たちが生き延びていけるようにコンサート、講座にて抜け出す経験をさせていただき、私たちは生き延びていける心身を養える機会に恵まれています。この経験を身につけ、活かし、奇跡に賭け、人間が人間とし生きていける世界を作っていけるように生きることが私の生きる意味であります。
明日もヤマハホールにてコンサートがありますことが大変ありがたいです。ヤマハホールより、今まで6時の開場前にお待ちの方が、非常階段にて並んでお待ちでしたが、非常階段をふさぐことはできず、明日からは並ぶことができないとの連絡を受けています。並んで順番を取ることができませんことをご了承いただけますようにお願いします。
午後4時から六本木地下ギャラリーにて、ビデオ講演会をさせていただきます。新生カフェ晢も是非お立ち寄りいただければありがたいです。ありがとうございます。