はじまりの愛
なんという日々でしょう。感謝という言葉すら化石のように感じてしまい、想像を絶するスピードとパワーでもって変化変容する心身、生命体とし在ります。
40億年という気の遠くなるような時間がたしかに生命の記憶として有ることを、いだきしん先生がおられる場、生命交流し生まれるサウンド、とてもピアノとは言えぬ音、新しい愛の中に在り解りました。一瞬、一音に生命の誕生をみたとき、かつてないほど私自身の生命を愛おしく感じ熱い涙が溢れたのです。当然の如くに他者の生命もすべてが愛おしく、尊い繋がりをわかりました。連綿と続いてきた生命、魂、などと生意気に言葉を使ってきた自分が恥ずかしくなります。この後も更に深く、尊く、本質的な境地それは未知へと高めていけると希望は膨らみます。ふと意識を心に向ければ違う世界が見えてきます。高麗様の詠まれた「愛を心の鏡とし…」という御言葉が新たなオンとして、裡に花咲くように生まれて生きて、心身柔らぎます。
「一人でも生きられる愛」のメッセージに水色の涙が浮かびました。涙もろく、時に止まらないことがあります。透明も含めていつも色を感じているのですが、この涙を自分の言葉で正確に表現できたら素敵なのにとずっと夢見てきました。その日が近づいたように感じます。
「一人でも生きられる愛」は確かにあると、全宇宙で最も大きく尊く在る存在からの宣言頂いたようで、源の光と交流する生命はより一層輝きを増し、新たなる人類史のはじまりを証していきます。
新宿でのコンサートにて“宇宙人”とし洗礼を受けたように感じていました。それは畏れ多くも新たなる高句麗人と感じています。
40億年前の生命誕生の奇跡、そして今。この世的な事柄など問題には成りません。しかしどのような些細な事も敏感にキャッチし自分事とし受け容れ本音に変換可能な新たな技が身に付きつつあるようです。
「また明日ね」と微笑みあえるやさしい関係が、愛溢れる空間の中でお花が咲くように生まれています。
毎日毎夜、新しい音、まったく新しい経験や感動に恵まれ、深く感謝申し上げます。今日も新たなる幕開けと、胸は高鳴ります。
すべてに深々と御礼を申し上げます。
ありがとうございます。