ある在る真
日常で視点を変えるとあっちにもこっちにも本当が見えてくる。子供たちの瞳、しぐさ、とっさの本音、今夜も煌々と輝くお月さまの光、落日にも一挙に熱くなり。コンサートのある日は頭の鈍さに気づくこと多し。
いつもの訪問先へ向かうバス停がいつの間にか通り過ぎてしまい大慌て、仕事終わってちょうどバスが来る頃だと携帯から顔を上げたらバスを待っていた人が誰もいない?どこにも隠れていない!20分後のバスに乗りました。その訪問先でのおじいさんのミステリーは突然何だこのシーンの静けさは?と難聴で周囲の音が聞こえないとは違う普段の部屋の霊魂の物音が聞こえなくなったのか?神聖な空間は不安なのかテレビのスイッチを押していた。昨日のコンサート効果と思えます。
そして2日目のウイーンホールは座って待っているときから涙、1部メッセージに涙、終わるまでただもう新しく生きる!とそうできることに感動していました。
2部は余計な意識はやってこない。何もないシーンな世界で音に乗って内に広がる光とともに在りました。
アンコールでは未来から光?ふっといだき講座初期の頃高麗さんからエチオピアの子供たちは?と問われたことが蘇って高麗さんの真の能力をわかっていない自分に気がつきました。
本日の高麗さんの書き込みを読んでいるうち先生は本名でなく2000年からいだきしん先生です、コンサートで皆のエネルギーが向かってひとつになっていった光の中心いだきしん先生!先生に会えたのは一枚のパンフレットが気になり電話して講座を決めさせてもらった高麗恵子さんの声の響きからです。30年以上が過ぎて今全ては一つ未来へと畏れ多くも書かせていただき会場入り口で黄色の輝かしい衣装のお姿にも感謝いたします。
世界の一員としていだきの時代じまりに新しく生きる。いだき先生、高麗さん、どうぞよろしくお願いいたします。