KEIKO KOMA Webサロン

ありがとうございます


6月29日 盛岡市民文化センターにてのコンサートに参加させて頂きました。

第一部 「ある一点から」

宇宙ステーションに停泊している銀河鉄道のメッセージがあり演奏がはじまりますと、沢山の光の球がわくわくしながら集まっていて、その球のまあるい感じ、ぎゅうぎゅうに集まっているのに仲良く光っている感じが嬉しくて思わず笑みがうまれることにびっくりします。とても楽しげで、これからはじまる何かに喜びいっぱいで、私はこの見えている光景が幸せと感じます。それから、サーモンピンク色のカーテンが風に揺れている様子が見えてきます。窓は丸い形で、ぬくもりのある空間は喫茶店のようです。私はそこに居て、居るかと思ったら、窓の外側にぐるんと回り、それは列車で列車ごと動いています。ピアノの音はなつかしいような心から安らぐ音で、緊張してぎちぎちとしていることが全くない世界です。今まで聞いたことのない安心する音です。音がまあるく感じ、まあるい、まあるいがずっと続きます。そのゆったりとした気持ち良さに心が落ち着き、ずっとこのままでいたいと感じます。今度は、カウンターが見えて、席に誰か居ます。よく見ると、地上の生き物ではないようです。面白いです。誰に会うか分からず、何処にでも行けるようです。

第二部 「一点と一点からはじまる愛」

メッセージがとても難しく、面としての愛とはどのようなことをおっしゃっているのかわかりませんでしたが、スマホで彼なり彼女なりのお気に入りの写真を撮り合う例えを示して下さり、もしかすると、私の日常生活はすべて平面的な愛しかない気がしてきます。平面的な愛は成立しないと感じます。それは、自分の勝手に思い通りの相手を描き、そのようにならないと癇癪を起こして、そうなるように相手に要求し、終いには喧嘩になってしまう日常のことを考えると、そのような愛は愛ではないと感じます。終いには喧嘩になるようなおかしな事を何故、毎日のようにしているのかと、恥ずかしくなりました。相手を自分の思い通りにしようとしたり、されたりする事はやめます。身体は様々な音に触れて、痺れたようになります。しばらくすると、コマンドを打って命令する人なり物なり何かがずっとあり、その命令通りに行うことが当たり前になっていると感じます。命令に従う事が人生のようになっていて、命令通りにやり達成感を得ては虚しくなる事の繰り返しをしてきたと感じます。とても嫌なとても変な習慣で、やめようとしてもやめられないことでしたが、これは捨てることにします。ところが、「要らない事は捨てることにした。これでよし。」とすると、よしとした事で、又、固まっていきます。それが、身体には痛く感じます。それで、「これでよし」は無く、ずっと、わかるようにし続けていくことだと感じます。膨大な経験をさせて頂いておりますが、なかなか言葉にならず、申し訳ありません。

得難い経験をさせて頂きまして、本当にありがとうございます。

平野優子

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