ありがとうございます。
2部のラストでは、全身からいらない力が抜けて脱力感になりましたが、アンコールのとき、お母さん、ありがとう、お父さん、ありがとう、私はわたし、産んでくれた生命のまま生きていきます。深い愛のなかでもういつ死んでしまったとしてもこの愛の経験があれば思い残すことはありませんという気持ちが沸き起こりましたが、愛の音はそこに留まらず、どんなに苦しくても、辛いときも、生きるちからは真っ直ぐに、そこにはどんな理屈もいらなく、ひたすら上昇していきました。
1部では、善はそのまま善と、先生からお聴きしていても、やっぱり、悪と善という対極で頭は動いていたとわかりました。純粋な子どもにかえったかのような懐かしい気持ちは日本の自然や空間と共にあった感覚でしたが、そこからどんどん楽しくなっていきました。生命が存在しているだけで楽しくて楽しくて仕方ないのです。光りが満ち、桜の花びらが舞い、美しい空間と共にいるだけで楽しくて仕方ないのです。日本を感じていたら、光りは大陸の大地と風になり、ペルシャの風となり、そして高句麗の大地とつながりました。対極などどこにもなく、欠けているところなどひとつもなく、すべて、まるを経験させていただきました。
2部では、人間の本質は愛であり、はじめは小さな小さな芽から若葉のような愛の葉が伸びていき、やがて成長していく段階は創造創造の連続でした。創造を繰り返し、愛は拡がり、どのような苦しみも悲しみも深い愛のなかで生きるちからになっていました。
想像できる範囲を超え、素晴らしい京都コンサートをライブ配信で中継していただき、感謝でいっぱいです。ありがとうございました。