KEIKO KOMA Webサロン

歴史の縦軸


頭痛がすっかり改善でき、さわやかな朝を迎えました。美しい日差しが差し込む、本社の社長室でのランチは、狛江「高句麗伝説」応用コースと続く、人生変わる経験の後でしたので、このお話で持ちきりでした。東京高麗屋特製ランチもボリュームあり、美味しく、先生焙煎コーヒーと一緒にいただけ、大変贅沢な食事ができた体感があり、お話も盛りだくさんの話題で、いだき講座のこと、先生の御働きの凄さの中身がより理解できる内容でした。社長室でなければ経験できないことであると改めて感謝します。

本社に向かう道中は、偶然、2017年12月9日に狛江にて開催しました「高句麗伝説」のDVDが流れていました。それもアンコール2曲目に登場した「父」の詩を詠ませていただく時の音楽でした。あの瞬間、あまりに予想外のことに、驚くと同時に、胸が大きく動き、号泣してしまいました。涙をぬぐい、一言一言、言葉を表すことに懸命でした。今日は、三鷹の地にてこの場面を聴き、胸の奥は感動に震え、生きてこれほど感動できる経験ができる人生に深く感謝しました。正に歴史の大ロマンの大音響の中に身を置いている状態でした。ここが現実、と声を出して叫んでいました。この世は霊界が作った作り物であり、「高句麗伝説」にて表現くださる世界が現実であると生命でわかります。

昨日の応用コースでの先生のお話が蘇ります。私に会ってくださった時には私が高麗人であることも知らずに会ってくださり、私の生命の内に刻まれた運命を解明してくださる時に高句麗の事を知ったとのお話です。そしてこのことが、1月11日の狛江での「高句麗伝説」までつながっていくのです。三鷹の地で大音量で「父」の詩の音楽を聴きながら、この仕組みは凄いと一人叫んでいました。私は高句麗の事は人には話すことではないということが身についていましたので、自分から話すことはありません。先生が私の生命の内に宿る運命を紐解いてくださったので、高句麗の歴史、真が現れたのです。全てを受容され、現れ出る真が、真の時代を創り上げていくのだとしみじみと見え、魂震えるばかりです。三鷹の地のことも先生がわかってくださるので、今日、1000年を超え、この地に生きてきた高麗人の魂が存在現われ、土地の持つ力、はたらきが現れたのです。先生の御働きがなければ誰も考えることも気づくこともなかったということが私には身をもってわかるのです。このように紐解かれ、あらわる真こそが真であると、今日は歴史の縦軸が見え、大感動でした。

「高句麗伝説」説明会にて、歴史の縦軸に会わないと人間は人間にはなれないので、高句麗伝説を開催していると先生はお話くださいました。その時、お話をお聞きしましたが、人様に理解していただけるようには表現できない状態でした。11日の狛江「高句麗伝説」の時に、新しい軸が立ちました。夜に生命の光景を詩に表した時、一条の光と見えました。好太王様が現れた時、私は、真の自分を表し生きていけるように、余計なものを斬られた体感がありました。ここで斬っていただかないと、生命落としかねないことを生命で感じました。私の人生は自分一人の人生ではないことを常に感じて生きてきました。先祖代々の悲願を成す人生であり、先祖の代表で先生に出会えていると考え生きてきました。時は、全生命圏で生きる時代となりました。自分一人の人生と思い、利己的に生きることは今後は許されない時代とはあきらかに見えます。脈々と流れる生命の流れの中で先生に出会えた一人一人であると私には見えています。歴史の縦軸から外れたら、人間ではなくなるのだということが鮮明に見えてきました。時代は人間であってこそ生き延びていける時代となっています。やっと「高句麗伝説」をさせていただいてきた真の意味も真価も世にあらわる時が来たと見え、武者震いが起こりました。先生に受容され、現れ出る真により、真の時代を切り拓いていけるのです。この働きこそが真、と感動の波が押し寄せ、「高句麗伝説」にてあらわる現実で生きていくことに徹すると決めると、内から力があふれてきます。

サロンでもお話しましたが、今年は一回でも多くのコンサートを開催したいと望んでいますので、一年間、チケット販売ばかりを毎日していれば、年をとることはない、と見え、喜び生まれます。最も元気になることを毎日行っていれば、益々元気になります。現実に生き、光輝き生きていきます。

脳裏に残る楽屋の鏡に映った顔が、今日はより鮮明に見えるのです。好太王様とわかります。あの透明度は、全てを写し、まがいものも邪も寄せ付けない鋭さ、強さがあり、敵は戦わずして去っていったとはこのお顔かと震えが走りながらも納得します。内を清め、何の曇りも隙もない状態で生きる事は、生命守り、先を切り拓いていけます。完全に真っ当になるよりない時代に突入しています。今の時程、先生のお話、コンサートの表現が必要であり、要であるとわかる時はありません。先生のお話がわからないという人が多く、質問をされる方に、わからなければ生きていけない時がくるので、わかるよりなくなると断言されていたお言葉がいつも心に在り続けています。生命の声、自分の本音をわからないと生きていけず、100パーセント、真の自分で生きていかないと生きていけない時がきました。新しい生命と変わらねば生きていけないと生命をもって感じる私は、幸運であると感謝あふれます。変わるよりないことを生命でわかり、日々変わり、前進することが生き延びていく道です。ありがとうございます。

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Saint-Sulpice教会にて
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高麗恵子スカイロケットセンターにて
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府中の森芸術劇場ウィーンホールにて