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先生、高麗さん、ありがとうございます!


1月27日の京都事務所での、「存在論」「死について」の先生の講座に参加でき、復活のイエスに会った十二使徒のお話がとても衝撃でありました。聖書も真っ当に読んだことがなく、イエス様の言葉を理解できずにいたこともあり、いろいろと調べていると、聖書の言葉を映画のようになっている作品を見つけみていました。28日の迎賓館でのコンサートをネット配信で参加させて戴き、先生の「日本が無くなる」とのお言葉に正直なところピンときていない自分の罪深いことを感じ、観客をやっていることを恥じました。聖書の映像作品には、あの当時からイエス様がどんなに奇跡を起こし、死人を蘇らせることまでの奇跡「しるし」を現してもイエス様の言葉を理解しない民の姿が2000年経っても、相変わらず愚かなままと自分の姿と重なり、先生の存在を前にして日本が無くなることを昨年から高麗さんもずっと言い続けてくださっているのに、耳を貸さない状態が映画に映る愚民と同じでした。お言葉を聞いても、コンサートで毎回とてつもない経験、奇跡を経験させて戴いても、行動しなければ何も聞いてないのも同じと、高麗さんのビデオ講演会をお聞きして、高麗さんが「いだき」を伝え続けることが仕事でもあり、生きることそのものとおっしゃることに、ハッとして、私も「高麗恵子」さんを伝えることを仕事とすることが生きることそのものとわかり、力が湧いてくるのです。すぐに会場を借り、チラシを作り、文章を考え、高麗さんが作られるパンフレットの文章が教えてくれます。説明する文章は心に届かず、高麗さんの文章は魂に訴えかける言葉です。高句麗伝説のパンフレットや「高句麗の風」に掲載されている一文、「田んぼの畔道を歩いていると…」に心動きます。一言で心動く言葉をと先生の音に身を任せていると言葉が、ふっと浮かびます。チラシのタイトルにさせて戴いた「生きているなら会いたいと…」高句麗王直系子孫 高麗恵子氏との出会いを語る。魂に届く言葉と「高麗恵子」「高句麗」の文字に反応する方との出会いをつくっていくことが、魂の悲願と考え、実行することが生きることです。昨日の武蔵野市民文化会館でのコンサートでの先生のメッセージを高麗さんの書き込みで拝読し、全てをわかってくださる先生がおられ、生きれる様に命かけて生きる場を開いてくださっていることが、ただありがたがっている時は終わり、どう生きて行くかだけになりました。高麗さんのお気持ちにも報いていきたく、高麗さんのことが語れる自分になって、仕事にもなっていったら全く新しい生き方です。高麗さんが誰もわからないところから「いだき」を始めた様に、高麗さんのことを伝えることが仕事になっていくまでやり続けます。一番やりたいことをやらないと凡才で終わるだけじゃなく、日本も無くなってしまうことを、しかと受け止め、生きていきます。幸いにも食べ物のことを心配することがない様に、高麗さんはじめ、仲間たちがいろいろと助けてくださり、お金がなくても心は貧しくなっていないことが本当にありがたいことです。先生の存在「愛」を経験させて戴いている生命は強いです。

ありがとうございます。

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