KEIKO KOMA Webサロン

京都にて


京都で郡山の高句麗伝説上映会に参加させていただきました。
上映会前に郵便局に寄り、前の人は小柄な高齢の女性でした。母が元気だったら、こんな風に郵便局にも来るんだろうなと瞬間思い、いつも同じような背格好の女性を見るとそう感じますのであまり気にもとめず、上映会に参考しました。どの場面だったか、母が治るかもしれないと願うことすら辞めて、諦めてしまっていることに気がつきました。母は、難病で認知症なので、コミュニケーションは取れません。同じ難病の方でも意識がはっきりしている方には、今はIPS細胞も発見されたし医学は日進月歩だから治る可能性もありますよねと、お話ししていますし、本当にその時のために呼吸器をつけて生きて欲しいと感じますが、自分の母が治るかもしれないとはいつの頃からか考えなくなってしまいました。では、何を考えているのでしょうか。母が病気になったことがきっかけで、今はヘルパーの事業所をしています。もしも母の病気が治らなくても、これでよかったんだと思いたい気持ちが強くて、治るかも知れないと奇跡にかけることは辞めていました。私の考え方の癖の一つ「正当化」です。諦めた娘が一緒に暮らしているのは、なんと残酷なことでしょう。申し訳なく、情けなく、涙が止まりません。治らない病気はないと、先生に教えていただきながら、諦めていてはどうしようもありません。そして、諦めていることもわからないことがバカすぎてショックです。生きてるのに、諦めるのはひどい。泣きながらも、上映会で三本足烏が蘇り、日本は変わるとおっしゃる高麗さんの声に、ただごとではない時を感じます。代々の王様が天の向こうの光を求め、今現れる時だと伝わります。
府中コンサートの2、3日前から滅多にないことですが胃が痛み、熱が出て頭も痛く珍しい不調です。いつも左の首筋が痛むのですがそこから来ている頭痛なのか。バカなことを体が教えてくれています。
ビデオ講演会では、東京駅で日本人の目が焦点合っていないことなどお聞きし、私も殺人事件があってから新幹線に乗るたびにアナウンスを聞き、毎回事件が頭をよぎります。今日はいよいよ、護身術を習うかアーミーナイフぐらいは持っておいた方が良いかと調べましたが、あまり過敏になるとよくないと考えて辞めました。
応用コースでは、人間の感覚を取り戻すなんてものではなく、新しい生命になってゼロから勉強するぐらいの気持ちにならなきゃとお聞きし、自分の今の感覚で未来開けるか?のと問いに今のままでは自信はありません。チケット販売をやってみようとするところから、この体調不良です。体からして、今までの状態ではこの先は無理だと言っています。新しく生まれ、「愚か」なことは辞めないと。頭がガンガンする1日です。
ありがとうございます。
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みなさん会うときを愉しみにしています。ロシア語では愉しみにしている、と、言う表現はないそうですが?
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