KEIKO KOMA Webサロン

片時も


片時も、いだきに出会えた人間とし生きることを忘れぬよう生きる毎日です。いだきに何故出会えたか。それは21歳の夏、姉のように慕っていた親友が交通事故で亡くなったからです。22年しか生きられなかった親友の分まで「生」を「生かし」生きると決め、地元で一番と言われていた企業を退職し、なんのアテもないまま一人暮らしを始めたのが22歳でした。その2年後にいだきに出逢いました。初めての先生のコンサート、その時に感じた「この人は本物だ!(「偽物」の対義語ではなく「本物の人間」という意味です)」という自分の直観は衝撃とともに忘れることはできません。それから長い月日が流れましたが、先生のブレない生き方、高麗さんの真摯な活動。常に自分の指針であり大きな安心でもあります。このところ次々に舞い込んでくる課題や仕事は、まるで大きな存在から「どこまでやれるか?」と試されているかのようですが、一つ一つ丁寧に誠実に結果を出し続けていくことに喜びを覚えながら臨んでいます。この先に何かがまた始まる予感に胸の中には明るい光を感じます。web salonを拝読するにつけても、昔のままの生き方やり方はもう必要なくどんどん新しいことにチャレンジし続けていくこと、愛が選択の基準であること、とても大事で、身につけていきたいと願います。年齢もキャリアも諸条件も関係なくただ自分の技術を磨き心を美しく・・・とは(最近は)よくいわれる言葉ですが、いだき受講生にしか本当の意味では叶わぬ目標であることがわかります。奇跡の「好運(幸運)」を、しかもいつもいつも、ありがとうございます。

・・・と、ここまで書いて、まだまだちゃんとできていないことがいっぱいだと気づきます。特に、家庭内のこと、家庭内での関係性の中、自分のお粗末な内面を思い知らされています。知性と智慧をもって、よりよく変化変容していきたいと願います。

たくさんのコンサートや講座を設けてくださっている中、次に伺えるのは11日と申し訳ない状態ではありますが、それまでに、もう少し成長していきたいと強く願い、ここに書かせていただきました。

先生、高麗さん。また来週にお目にかかれますこと、心から嬉しいです。いつもありがとうございます。3月2日いだき始まりの日、ありがとうございます。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。

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NPO高麗 東北センターにて
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仙台高麗屋 幻のコグリョカフエにて
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ひとつの言葉の取り方で幾重でも広がる