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応用2日前記


山の地表の
表面剥がれ滑り落ちた姿は
はたして物理的なことでしょうか。

じぶんの中身も
上面
べりべりと剥がれ
泥。
内面でそんなことが起きているのではないか。
申し訳ないことをしているのではないか。

2学期始まり久々にフリースクールに行って
「夏休み何してたの」と聞かれて あれ?なにしてたんだっけ と
コンサートですごいことがあったことは覚えていますが、
それがなんなのか言葉にならず、答えられず。
凄いことをしていたのは先生と高麗さんで、自分は何もしてない。
どころか 記憶喪失。
危機。

ただ 家賃を払い生活費を払う金を稼ぐために時間を使っている有様をさらしていること、申し訳ない。
この世の「国家」は
地面の上にあり、地表に境界線が引かれ、所有、所属が明確にされ、所有権ない人は賃貸料発生。(所有権あっても固定資産税)。電気、ガス、水道と生活に必要なライフラインは公共料金として払い続ける。通信、交通、食料もしっかり握られて、所得税、年金、保険も加算。枯れ果てるまで吸い取られるシステ。そのような「箱」(飼育箱?)システムの中で生きるホモサピエンス。飼いならされたホモサピエンスで生きることはもう生命に申し訳ないこと。

分かっていて、30年近く前にボランティアに参加し、そうのうち結果出ないままボランティアをやらなくなり。仕事も起業しようとしたけれどわけわからないままポシャって、今は雇われで食つなぎ。
人生振り返ると、滅亡のど真ん中の実感。滅亡したら歴史にはなりません。
生き延びることが歴史になる。

新しいおおきな自然の潮流の音。
乗ろうとして、乗れる人もいれば落ちる人もいるのでしょう。
それでも乗るしか選択肢はない。

今日は風がとてもとても心地よく、風の中を歩むのは幸せです。
生きるしかない。
生命への深い信頼と愛があるだけです。
生命 ばんざい。

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高麗恵子ギャラリーにて
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