KEIKO KOMA Webサロン

共に在る存在


数日前のお客様のやりとりから「自由」ということを考えるきっかけを頂きました。私はコンサートやいだき講座をお勧めする時、絶対 や 間違いないなどの言葉を使い、断定的な表現をすることが多いと自覚しています。いきなり断定的に表現するのではないのですが、お話ししている内にご本人の生命は明らかに要求していることを感じながら、行けない理由をお話しされる時に、はっきりものを言わないとビクともせず、自分自身まで苦しくなるからです。あくまでも自分のこととし、そのまま感じたことは表現するようにしていますが、断定的な表現は時に相手の方からは「私の自由」と言われることもありました。瞬時に、そんな勝手な自由は無いと感じていながら、自由ということがわからずに、自分の考えや気持ちをすぐに表現できなかったことに、大変もどかしい状態でした。体裁を気にしてしまうと表現が曲がってしまうかもしれず、そのままお伝えしたいことは、先生や高麗さんがいらっしゃるから皆んな生きていれるんだ、ということです。ただ生きているだけで、どれだけ助けられ、お世話になっているか、わかる由も無いことかもしれませんが、お伝えするこちらには前提として有ることです。しかしいきなり、まだお会いしたこともない方に表現したところで何を言っているのかと理解されないことは目に見えているので、まず何より、活動趣旨や実績、背景、根拠、経験した事実などをお伝えすることから始めます。話が長くなってしまうことが多く、課題としていますが、表現を抑え胸や喉が苦しくなることはなくなってきました。
本日はいだき講座二日目を誠にありがとうございました。二日目は、本当にすごいことと身を以て感じます。私も他のスタッフも、東北にいながら体感で講座が始まったことがわかりますし、終わった頃もわかります。気のせいなどとこの事実を否定したなら何を真実と言って良いかわからなくなってしまうので、そのまま人にもお伝えしたいことです。このように生命は繋がり、伝播していることを今ははっきりと言えます。だからこそ、「私の自由」など、一人としてあり得ないのだと整理できました。もし一人で生きているつもりであっても、そんな人は一人もいないと考えます。共に在る存在があり、自分のことをわかっていけ、自律でき、本当の意味で自由があると今は感じております。
明日はアントレプレヌールサロンをどうぞよろしくお願い致します。

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NPO高麗 東北センターにて
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三鷹市芸術文化センター風のホールにて−3
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京都コンサート