KEIKO KOMA Webサロン

上昇への道


先日の応用コースのお話しより多くの気付きがありました。
とりわけヘーゲルの弁証法のお話しの中であった絶対精神という人の最高の状態をお聞きして、すごくストンと神人合一という言葉の意味が腑に落ちた感じがしました。

日本の天皇をさかのぼると確かに神様になり、言霊でも神=人という状態があると聞き、先生のコンサートのタイトルにも神性の顕れる…とあるけれど、自分も周りも人=神という感じがピンとこなく、一体どういうことをあらわしているのかと思った時がありました。
コンサートではダイレクトに内側から果てしない宇宙空間に繋がるように感じ、圧倒的な解放感や至福感が得られ、この感覚は自分を超えていると感じることがあり、そんな時感情を超え、ただそこに在るだけの自分として存在していることに気付きます。

なぜ人は病気になるのか、ずっと元気に生きることは出来ないのかと感じてきました。時折先生がお話し下さる“支配”のお話しから、また自分が神経症だった時の経験から、人は自由をなくすことが一番エネルギーをそがれるのではないかと感じてきました。お医者様がまた薬が影響を与える以上に人には自ら復元する力があると、それを堰き止める“支配従属”の関係はどこから生まれてきたのだろうと感じてきました。それは宗教と大きくかかわるのではないかと感じたのは、あることから三種の神器を調べていたときのことでした。

日本の三種の神器である“鏡”はイスラエルの三種の神器の“モーゼの十戒の石板”に該当するらしく、そこに初めに書かれている“偶像崇拝”の禁止という言葉、またモーゼが神にあなたは誰かと尋ねた時の“在りてあるもの”という訳にされた言葉の意味が、私にはどうしても外側に神を作ってはいけないと言われているように感じてなりませんでした。絶対的な神との強烈な支配従属を神と人との間で生み出した結果、人の本音と戒律の乖離から生み出された体の状態は感覚がなくなることになっていくことに施術をしていて気が付きました。

どこから人と神の絆が失われたのか、正反合から導き出されるアウフヘーベンという状態、絶対精神へと至る道に答えがあると応用のお話をお聞きして感じました。やはりコンサートでの体感が大きく、早くコンサートが開催される道を創りたいです。

また高麗さんの書き込みを拝見して、私も高句麗と日本の神々の世界の繋がりを感じていて、太陽と八咫烏、無関係とは感じられずにいます。高句麗伝説の時には、烏の羽がお店の前に置かれていたり、烏がたくさん集まってきたり、何か気付くべきことを知らせに来てくれているような不思議を経験しています。

天照大神に祝福された輝かしい世界の実現に向けて、自分のやるべき事をやっていきます。いつもありがとうございます。

 

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京都コンサートホール 大ホールにて
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