KEIKO KOMA Webサロン

雪景色に桜の花咲く仙台から桜の花道が迎えてくれた東京にて


仙台は、雪景色に桜の花が咲く風景でした。道中も雪積もり、4月といえども、寒い日が続いています。東京に近づくにつれ、体の感覚が戻り、空腹感も感じるようになりました。仙台では、空腹感がなく、幾重にも覆いを被っている感覚がなんとも苦しいです。体の感覚が戻ってくるといかに苦しかったかということがわかります。

苦しい中でも、自分の状態を考え、紙に問題点を書き出し、気持ちを書き出していくと、全体的に自己中心である頭が限界であることが見えます。頭の天辺を蓋されているように重石が乗っかっているように見え、その重石により、自滅すると見えていました。「自己中心、自分勝手は滅びゆく」と見えることを紙に書いていました。すると自分の頭の天辺にある重石も見え、苦しみを自覚しました。自分では明らかに間違いではなく、正しいと思う独特の感覚故に苦しむことが多いです。まるで神の如くにあるこの意識故に苦しむと自覚した時、何故そうなるのかを問いました。驚くことに、理由はわかりませんでした。理由がなく、わからないことに執着し、変われない意識とは何なのかを考えれば答えは悪魔によってはめられ、取り憑かれているとしか考えられません。恐ろしいと感じ、変わらねばと自覚した時、お腹の底が中心である感覚が戻ってきました。頭の天辺は悪魔に縛られ、自分特有の理屈で考えはじめると自己中心となり自分勝手になるということが見えるようにわかり、震えが走ります。気づいた時から闇は光に包まれ、光と変わっていくような体感があり、生命のやさしいことを感じ、涙あふれます。自己中心であると、自分を否定されると死にたくなるほど、生きていくことが嫌になります。自己嫌悪にも陥ります。全ては自己中心であり自分勝手な故とは、見えるように明らかにわかります。生命感覚を取り戻していくと、頭の覆いがとけ、生命に溶け合い、光満ちる生命となります。私は今、気づいて生命拾いしたと胸撫で下ろします。

紙に感じるままを書いていると、恨みが強いことを自覚します。先生にお会いする前は自分を恨み生きてきました。それは生まれ持っての資質を恨んでいたのです。人の運命が見えたり、未来を予知したり、霊魂が見えることを恨んで生きてきました。表すことも活かすこともできないからです。根元は自己否定と気づきました。そうであるなら自分を活かしていけば良いと今であれば考えていけます。人間とし生まれたなら人の役に立ち、世界の為、未来に生きる人の為になり生きるより生きる意味を見出していけないので、人に役立てることができれば良いとは常に願っています。が、私は介護もできないし、人のお世話もできないし。。と自己嫌悪に陥った時、自己中心であり傲慢であることは一目瞭然に見えます。自分ができることは先を作ることぐらいしかない、と書いていました。先を作ることが真にできるのならば素晴らしいことと感じながら、このような言い方をする自分とは何なのか、と問い続けました。何故自己中心になるのかの原因はわからなかったのです。悪魔に頭を縛られているから以外はわかりませんでした。何故悪魔に頭を縛られるのかと問うた時、空間から馬鹿だから、と聞こえた瞬間、吹き出して笑ってしまいました。嘆きも苦しみも吹き飛びました。馬鹿では生きていけませんので、抜け出すよりないのです。生命やさしいぬくもりに包まれました。

仙台の家では頭の真上にいだきしんサウンドシステムを置き、仙台でのコンサートのCDをかけ眠りにつきます。最近は先生のピアノの音を瞬時に言葉に置き換える訓練をしています。同じCDをかけていても毎日生まれる言葉が違うことが愉しいです。「生命ひとつ、愛」は毎日言葉に表しています。ピアノを聞いた時も、自己中心、自分勝手は馬鹿と言葉が生まれた時にはお腹の底から笑いがこみ上げ、痛快でした。馬鹿な自分など吹き飛ばしてしまえ、と頭から馬鹿の皮を剥ぐような経験となりました。先生のピアノの音を言葉にしていくことは、生命にある余計なものを取り除いていきます。

仙台を発ち、東京に向かう朝は、昨日届けていただきましたアイスコーヒー用のコーヒーを淹れさせていただきました。寒い中でもアイスコーヒーを飲むと、温かくなったと書き込みにアップされていたコーヒーです。先生はコーヒーを淹れる前にここにアップしてくださったそうです。淹れる前からわかるのは何故かと問うたスタッフのことも聞きました。焙煎する時は、この方向でいく、という方針を立て、その通りにするのだとお話くださいました。実際淹れて飲んだら言葉に表した通りであったとお聞きしました。私はお湯を注ぐと物凄い勢いで泡が湧き出るコーヒーのエネルギッシュなことに感動しました。心澄ましメッセージを聞くと、「先を創ることが愛」と聞こえました。昨夜、私ができることは先を創ることくらいよりないと、嘆き節で書いた時のことを思い出しました。先を創ることが愛ならば、愛を実現していこうと意欲があふれ、生きる道を見出しました。高句麗発祥の地、五女山城に初めて行った時、身が裂かれる程の衝撃を受け、悲しみが全身を貫き、胸の奥深くから涙がこみ上げ、号泣しました。五女山城の石垣から聞こえたメッセージは「先を創ることが愛」でした。悲しみを真にわかる人間は先を創るということを生命で知った経験でした。アイスコーヒーをいただくと、とても美味しくて、一変に元気が出てきました。美味しいものを美味しいと感じられる状態は幸せです。体に幾重もの覆いや重石を被っていると、感覚が鈍くなります。美味しいコーヒーをいただけることは幸せです。

玄関先の花水木の花が迎えてくれました。久しぶりに東京に戻ってきました。発つ前も桜並木を通り、桜の花に見送られての出発でしたが、一週間経った今日も、桜の花が並ぶ道がお迎え下さいました。とんでもない世界から戻ってきたような感覚です。明日から元気にコンサートの動員活動をしていきたいです。コンサートをお伝えしている時が最も生きていると実感できます。ビデオ講演会は午後7時から六本木地下ギャラリーにてさせていただきます。ありがとうございます。

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