KEIKO KOMA Webサロン

表現よりなし


11月1日の仙台でのコンサートにて出会った生まれて初めて見る裏側にあった存在が意味することが何かをわかりたく、考え続けています。昨夜のサロンでは多くの方が高句麗と私の存在が現れているとお話しくださいました。とてもありがたいことですが、自分が見、出会い、背中から足元まで鳥肌と武者震いで寒さまでも感じたあの衝撃を正確に言葉に表現したいと望み、考え続けています。いつも、考え続けていると、突然、正確な言葉に出会います。生まれる言葉は感動的であり、おおいなる喜びです。今日こそはみつけたい気持ちで夕方のビデオ講演会サロンを楽しみにしていました。その前には、真剣にコーヒーを淹れさせていただき、内面深くを感じ、聞こえるメッセージや見える光景を詩に表しました。いだきに出会ったお一人お一人には魂の道があると見えます。11月1日のコンサート後に明らかに変わったことは自分の背中に古より流れ続ける清らかな生命の流れが見えることです。この流れを断ち切ることはできないと今までにもまして、自分一人の人生ではないことを生命をもってわかるのです。それが故に生命の尊いことも身をもってわかるのです。今日も、お手紙を書きながら、表現する機会があるので、コンサートでの経験を言葉に表し、認識できることに感謝しました。その時に背中にはっきりと生命の流れが見えたのです。人類の道筋というコンサートメッセージのタイトルの意味をより深く理解できましたことは喜びであり、生きる力となります。

昨日、結工房の日報に、先生が焙煎し、淹れてくださったリムが今まで飲んだことのない味であったと報告されていました。瞬間、がっかりしました。今まで飲んだことのない味とはどんな味であるかを教えてほしいと望みました。京都から仙台への道中、先生からお話しいただいたことを思い出します。コンサートが凄いではわからないので、「凄い」の中身を表現できないと人に通じないというお話でした。このことは、いだきを始めた時に先生に教えていただいたことであります。素晴らしいとか凄いという中身を表現することは常に努めてきました。また私は密かに、預言者モハメットは、当時、目に見えない世界を信じない民に、目に見えない世界が見えるような表現をしたということが常に心にあり、私は目に見えない世界が見えるので見えない人にも伝わる表現をすることを考え、工夫してきました。コンサートでの人類史上初めての経験は自然と世界中の人と分かち合いたい気持ちが生まれ、表現せずにはいられません。いだき講座は、人類史上初めての生まれつきの運命まで改善でき、人間としどう生きるかの全ての答えを真の自分を表現し活かし生きることでわかる講座です。世界中の人にお伝えせずにはいられません。昨夜の日報を見て、特別な経験をしたなら表現し分かち合うことが人間であるとわかりました。表現しないことは恨まれるということも気づきました。いだき講座、コンサートの経験は生命ある人間であれば、望まない生命はないと見えています。経験したことは表現するので、分かち合えるのだということがよくわかると共に表現しないと恨まれるということもわかりました。

今日のサロンはとても楽しみにしていましたが、何故か頭痛がしました。空気がざわざわ、わさわさとし、外へ外へと気が逸らされる空気となっていました。先生が持たせてくださったという文化の日のキリマンジェロスペシャルコーヒーと美味しいケーキを頂き、とても良いスタートを切りましたが、次第に頭痛がひどくなり、生命がコーヒーを欲したので、2杯目のコーヒーを淹れさせていただき、皆さまと一緒に頂きました。一口目を頂いた瞬間、美味しいと叫んでいました。光が注がれ、一変に頭痛が消え、まわりのわさわさしたざわつく空気も消え、静かな空間と変わりました。この時も、多くの人がサロンに参加したいのではないかという発言がありました。良い経験をした人は表現することでこの場にいない人とも分かち合えるのだということを空間から教えられました。11月1日のコンサート後は、高麗屋で幻のkoguryocafeをさせていただき、コーヒーを淹れさせていただいていると、お一人お一人の魂のルーツが見えるようになりました。先生に出会っている意味が見えてきます。ここまで素通しで見える時は未だかつてありません。先生の存在があらわる空間は、すべてが素通しであるということに驚くばかりです。人類の道筋というメッセージから背中に古の時から流れる生命の流れが見え、今後は、ここから一気に飛翔できれば、生き延びていけると見えます。

私は、東アジアをひとつにと望み、その道を作りたく、中国、北朝鮮、韓国、日本での活動を考え、アプローチをしてきました。この道は困難ばかりで実ることがないことをいつも不思議と感じてきました。フェニキアの地をたどる道は、人智を超えたはたらきかけがあり、夢を見ているような奇跡が起こり、予想をはるかに超える展開が拓かれました。本音には神様がはたらくとは口癖となっている程に、いつもおおいなる働き掛けを受け、良い結果が生まれます。東アジアの道は苦しみが多かったです。裏切られるのです。裏返しの人生は裏切られるのだと当然の成り行きと見えてきたのです。そして本命は高句麗遺民が亡命したと聞くロシアと的にはまり見えたのです。10月1日の「高句麗伝説」にて先生の存在が全面にあらわれた時から、裏が表にひっくり返る衝撃の経験が続いています。12日の勝山館での講演会では裏返しだった人生を語り、表に現れた人生を語り始めました。偶然読んだ本には高句麗遺民は日本とロシアにいると書かれていました。中国、北朝鮮、韓国にはいないとも書いてありました。恥ずかしながら、初めて目が覚めるようにし見えた事実でした。高句麗の地へ行った時、現地の方に、高句麗の子孫ですか、と尋ねると、ほとんどの人が、お祖父さんの代から移り住んでいると答えたのです。そして高句麗の地は長い間無人の地であったので、高句麗の子孫はいないということも知っているはずが、知らないかのように意識にはのぼらないことであったのです。先生が、イランでの「高句麗伝説」開催時の記者会見の時に、高句麗は朝鮮人ではないと渾身の叫びをもってお話してくださいました。当時イランにて大ヒットしていた韓国映画「チュモン」により、高句麗のことは皆さんよく知っていました。高句麗は韓国と思っている人ばかりでありましたので、先生は違うと声を大にし正してくださったのです。最近になり、やっと自分の中から古代朝鮮という言葉が消えました。違う民族という正確な事実が入ってきました。同じ民族であれば滅ぼさないともイランにて先生がきっぱりとおっしゃったことであります。洗脳された頭は死ぬまで解除されないとは以前お聞きしたことでありますが、生命あるうちに洗脳が解除され、救われたように感じます。それも自分の先祖の歴史であるのです。洗脳された頭で生きることの愚かさは身を滅ぼします。生きているうちに目覚め、真実をわかり生きていけますことは真に救済されたと感謝します。先生があらわる空間は真が現れます。真の表現は空間にあらわれ、世界に伝播すると見えます。今この時は真は表現するよりないのです。毎日、多くに気づき、目が覚めます。表現しないでいると疎外感に襲われます。故に表現できれば、良い時代を作っていけるのだとわかるのです。

昨夜、結工房から不思議な名前の白いコーヒーが届きました。「緑の秋の白」と書かれていました。早速淹れさせていただきました。見える図形は真ん中が光で、光の上に星がピカッと輝いて見えます。いただくと、まろやかでありながら、覚醒する鋭さがあるお味で、とてもさわやかで、芯が通り、魂が覚醒する味でした。最近は、今まで見えたことのない光景、図形が多く見えます。言葉を探す作業が多くなりました。正確に表現できることは喜びであり、先へ行けますので、生きる力となります。アナログシンセサイザーが登場する高句麗伝説にて、初めて見る光景、図形を詩にあらわる経験をさせていただいているので、助かります。良い訓練と受け止め、より正確で豊かな表現を常に考える秋の深まりと共に内面深まる毎日です。ありがとうございます。

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「高句麗伝説」第5弾