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衝撃


昨日の迎賓館コンサートでの、湧き起った自分の気持ちをどう整理していいのか、分からないまま夜が明けました。前半は、ずっと生と死でした。父の事ばかり浮かびます。父が7年前、肺炎になりかけて入院をした事がきっかけで、少し痴呆症の傾向が現れて以来、心臓病による自宅療養の介護に疲れ切った母。ある晩、酸素吸入機のコードを父の首に無意識に巻き付け、泣きながら「パパさん、一緒に死のう。」と言うと、父は「お前がそうしたいなら俺は構わないよ。ただ、和江が一人ぼっちになるね。」と静かに言った途端、母は我に返り「そうたね、もう少し生きようか。」と、泣き伏しました。父は黙って頷いたと、亡くなった後に母から聞きました。その場面が見えるように浮かび上がります。父の背中、やせ型の父の背中は、そばかすだらけで、いつも温かかった。どんな時もいつも傍にいてくれた父。温和でやさしい父は、Jullyが赤ちゃんの時に死にかけた後も、Jullyの一番の理解者でした。電話を切る時、「Jully君にもよろしくね。」と必ず言う父は、遠くからいつも私たち二人を見守ってくれていました。身につまされる思いで休憩になりました。その後、先生の言葉を必死に聞きましたが、正直よく分からないまま演奏が始まりました。余計な感情や思いが入り混じらないように必死で、音に集中して聞くのに精一杯です。先日の嵐のような凄まじい勢いが、私の根底を揺さ振り、稲妻が落ちたかのような衝撃が胸のど真ん中に走りました。「Jully 、Jully 」と2度叫ぶ私自身の声と同時に、先生のピアノが終わりました。今もあの声が忘れられず、涙が出ます。何とも言えない、あらゆるものがありったけ込められたような声。高台寺で大空を見上げると、魂が飛翔する鳥が大きく羽ばたいていました。続いて現れた夕焼け空は、あまりにも切なく美しく、言葉を失い立ちすくみ見続けていました。一体何が起こったのか、分からずにいます。

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マドリードのギャラリーにて
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