KEIKO KOMA Webサロン

自分の表現


とても蒸し暑く不快感を感じる日であることに驚き、比叡山へと向かいました。今日は久しぶりに中央高速道路を通る道中でした。私にとってはとても懐かしく、子供の頃を思い出す道であります。途中、私が魂震えるマーブリング模様と色と同じ夕焼け空を見、心の中で「マーブリング色」と独り言を言っていました。ふと、マーブリングにより映し出される模様や色に心惹かれるどころでは済まず、魂揺さぶられるのは、自然の表現に出会うからでしょうか、と感じました。自然の生命が絵の具を使い絵を描くとしたらマーブリング模様になるのかしらと想像しただけで心がときめいてくるのでした。今日出会った夕焼け空の色と山並みに沈む夕日の光景は、私がいつも惹かれてならずに手にしてしまう大好きなマーブリングカラーでした。とても大好きな夕焼けに出会え、うれしい気持ちになり、ほっとし、気づけば、また居眠りをしてしまいました。先生が運転をしてくださる車に乗せていただくと気づけば、寝入ってしまいます。普段はなかなか寝付けずにいますが、この道中があるので生命が助かり、生きていられると感謝しています。

比叡山に着く頃には最近自覚する胃の痛みがあらわれました。見えることや気づいたことは即行うようにしていますが、あれもこれもと大忙しとなり、いつも気づけば、夜も更け、太陽が昇る時間となっているのです。最近は、海外の方とのやりとりも多くなったこともありますが、なかなか言葉が通じないことの限界を感じることが多かったです。海外の方ばかりではなく、日本語は通じても、それぞれの言語や理解の範囲で私の言葉を捉えていくので、通じないことに驚くことが多いです。いかに通じるように表現するかを考え、メールをしたり、伝言を考えます。どんなに工夫し考えても通じないことは変わらないという限界にあり、胃がぴりぴりと痛みはじめました。先生の講座でのお話から原因を考えますと時間が合わないこと、生きている世界が違うので通じないこととは受け止めています。ここでも何度も書かせていただいていますが、そんな中で救いとなったことは、チェゲバラの娘さんからのお便りでした。私が書いたお手紙の内容をご理解くださり、的確なお返事を下さいました。その時、他の人と言葉が通じないのではなく、生きている世界が違う故と気づきました。そして生きている時間が違うのだとは今になるとわかるようになりました。チェゲバラは、来日された時、広島を知らずして平和を語れないとおっしゃり、広島を訪問してくださいました。娘さんも平和を考える時に広島、長崎の原爆投下を知らずしては、何もできないと、来日された時に広島に行かれた時の映像は偶然テレビで見ました。文章でも読ませていただきました。私は、世界の平和を考え、実現しようと生きている人と共に生きていきたいです。日本に原爆を投下されているのに、忘れてしまうとか、ピンとこないという発言など聞きたくもないのです。人間であれば決して言ってはならないことと考えます。人間の尊厳についてお聞きしましたアントレプレヌールサロンでのお話は心にあり続けます。亡き兄は、余命1ヶ月が先生とつながり一年長く生きてくれましたが、その一年間で何度兄の口から「人間の尊厳」という言葉を聞いたことでしょう。私が見舞いに行く度に、人間の尊厳について話していました。時には人間の尊厳が失われてまで生きていたくはないと怒りを示し、病院を勝手に出て行ってしまい、脱走事件と騒がれながらも繰り返し、出てきていました。いつも世界情勢や日本の社会状況について怒りを表し、ため息をつくのです。本当は私のように先生と一緒に世界の平和を実現できるようにはたらけば良かったのですが、悲しいばかりです。死が迫っていても世界情勢を考えていた兄にとっては世界のことも、原爆が投下された日本で生きていながら、ピンとこないで生きている医療者や介護する方にお世話になっても辛いだけとは私は感じていました。そのような人が作る食事も食べられないと言い一口も手をつけませんでした。兄はそのような状態にある人をおばさんと呼んでいましたが、私は先生からおっしゃられることで一番嫌なのは、おばさんになるよ、という言葉です。40才になる前に、30代をきちんと生きていかないと40才になったらおばさんになるよ、と言われ、ぎょっとしたのです。おばさんになる為に生まれてきた訳ではないとは明らかな気持ちです。世界の為にはたらく時に自分を活かしていけるともおっしゃっていただいていましたので、私は心から願う世界の平和実現に向かい生きていくと心に決め生きてきました。

縦割りの頭は使い物にならないとのお話はよくわかります。そのように生きている人は、原爆のことを話しても通じず、平和よりも自分のことで精一杯となっています。人間である前に、専門職の道具となってしまっているとは見える通りであります。何をするにも人間であること、人間とし生きることとは今この時代になり、より身に沁み感じることとなりました。先生がお伝えしてくださっている人間とは何かの答えは、生きる原点であり、このことをわかることなくしては、何もできないのです。生きている人間にとっては何よりも最優先しわからなければいけないことと考えます。コンサートをお誘いさせて頂くとき、仕事があっていけない、とおっしゃると、仕事をする前に、人間であるかが大切と言い続けてきました。用事の前に生命あっての人生だから、生命のこと、人間であることを取り戻す経験がなにより優先すべきこととも言い続けてきました。今この時代は、人間であってこそ生きていける時代であります。時が来たのだとわかります。

私は、世界のことや平和を実現することについて共にお話ができる人がいればいいといつも願います。先生はその為に生命賭け生きておられますので、私も本気で取り組んでいく気持ちではたらいていますが、たくさんの人と話し合え、共に取り組んでいければいいと願います。

言葉が通じないことを考えていると、いつもチェゲバラさんの娘さんからのお便りに行き着き、平和を考え生きている人には通じることが支えとなっています。自分のことで精一杯になると、言葉も時間も合いません。通じないことの限界を感じながらも、なんとか乗り終えたく、やることをやり続けていますので、今までやれてきましたが、ここで変わることが必要とは体が教えてくれています。いかに通じるように表現するかを考えながらメールをしたり伝言をしてきましたが、わからない人はわからないんだから自分の表現をしていればいいという内容の先生の一言が心に入り、はまりから抜け出しました。人の頭に合わすと、人の意識が胃に入ってくるように見えたのですが真にそうであったのです。人に用事を頼む時に、私の言葉では、その人の頭の範囲を超える図形が見え、頭の範囲に入るように言葉を選び、用事を伝えるようになっていました。愚かなことをしていました。何処へいっても何をするにも自分の表現よりないのです。先生がおっしゃるようにわからない人はわからないのです。生きていくのは自分の表現よりないのです。

9月11日のコンサートでは全てが解決し、新しい世界が拓かれると予感していました。予感は真となります。エチオピアからもお客様がいらっしゃいます。ひさしぶりにエチオピアのエネルギーを感じ、生命が躍動します。レバノン大使からもレバノン料理とスイーツの差し入れがあったとの報告を受けました。写真で見た時、ベイルートのホテルで感じた風を感じ、とても魂が躍動しました。いつもある国の方にお会いすると同時に他の国の方とも動きが生まれます。今後は一気に動く世界を感じ、どんな時も自分の言葉で表現し未来を創っていきます。

ありがとうございます。

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全い 白
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仙台 勝山館にて
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今年の秋