KEIKO KOMA Webサロン


この頃になると、自然にわきあがってくる気持ちがあります。アントレの翌朝は例えようもないほど純粋な私になれ、上の娘の魂がともにいてくれ幸せな気持ちでいたことが、今も蘇ります。魂ともにある、幸せがいつまでも続きますようにと祈りたい気持ちでした。今日のコンサートは、真っ赤な曼珠沙華の花が郡をなして咲き始めた頃で、東明王様の命日のような気もしていました。自分のことで恐縮ですが、上の子はこの辺りが生まれる予定日であったのですが、二週間も遅れて10月に入り生まれ、担当の医師に頭をかしげられ、数える日を間違えたのではないのかと言われていました。幼い頃、秋になると庭に咲き始めた赤い曼珠沙華の花で首飾りを作って遊んだその花をみると悲しみに誘われます。その赤い花は尊い花であるのに、亡くなった祖母はその花のことを、さわってはいけない花、とわるいように言っていたからです。

府中の森でのコンサートで演奏される音は特別で、まるで会場を張り巡らしてバリアーをつくっているように感じるクリスタルのようでもあり、世界に輝き放たれる音です。一部の前半では、内面にいるある存在が笑顔で笑っている光景が見えていました。一部の前半の終わりには、中心で生きよと、おおいなる存在の声が聞こえ、姿勢がただされ、次にパイプオルガンの演奏がはじまり、光がオリーブオイルのように錆びた体の中心に染み込むように入ってきて潤して下さいました。さすがに、ここのところ仕事が消え、慌ててしまい、前にしていた仕事を止めどなく予定にいれてしまっていることをつつかれているようにと感じました。昨日の飛び込みで、本音を見いだし、本音をやらないから何やっても、中心から外れていく訳もわかり、今日にまにあった、と感じています。やろうとしていることを、目の前の壁にふさがれ、手もも足も出ない状態のまま良しとしているバカな頭は、二部の後半で現実となり現れ認めたのもいいけど、ど真ん中に入れず対象化している奇妙な自分も少しあって、一筋縄ではいかなさそうですが、考えることをして、言葉にして、ひとつひとつ、進ませていきながら先へ進むよりありません。コンサートで真の光から本音が生まれます、とアントレの時頂いたお手紙の言葉が心に残っていて、救いなのです。本音に焦点をあて、コンサートをたくさん開催して下さることは、人類の生命が助かる機会が沢山でき、本当にありがたいことです。内面のことをお分かりになられる、先生と高麗さんがこの世にいらっしゃいますことが、どれだけ人類にとって救いが分かりません。夏の3日間のコンサートを経て、感受性が前より豊かになり、中心で生きることが深まります。府中の森でのコンサート、誠にありがとうございます。

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京都 高麗屋にて
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屏風山のスイカ
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8月6日