KEIKO KOMA Webサロン

盛岡にて


東北の地でお聞きできるピアノの音の美しさに涙が流れました。
盛岡に来させて頂ける幸せを外を歩いても身にしみて感じピアノの音の美しさからもこの地で先生にお会いできる幸せでいっぱいでした。
小さな部屋で僅かな人数でお聞きしている内容のその深さは真実とわかる瞬間に、とんでもないところに自分は居ると衝撃が走りました。

私個人では環境問題についてほぼ無知であり、実際のところ現状どれほど深刻な環境汚染や温暖化による被害等、地球環境に変化が起こっているのか知らずにきていると感じています。しかし最近は実際に人が生きている状態と自然環境は切っても切り離せない相互関係の中にあると感じ関心をもち勉強し始めています。人間が元気に幸せに生きていく土壌となっている自然環境が失われていく現状は、未来に希望を見出すことなど到底できないところに自分たちは立っていると自覚されます。昼間入ったレストランで隣に座っていた高校生が、将来のビジョンが持てない、と何度も繰り返し話していたことが印象的でした。将来のビジョンを描けない中で進路を決めていかなくてはならない現実があり、社会の現状、自然環境のことまで感じ考え始めてしまったら答えを出すことは大変厳しい現状があると感じていました。私たちは先生と高麗さんに出会わせて頂いているので、現実を分かることで自分のやることを見出し先に向かっていける生命であることも自覚されます。

応用コースでの環境問題のテーマに続き、死についてに参加させていただいたことはとてもとてもかけがえのない機会でした。お話の中では先生と出会えたことの奇跡を感じる衝撃が走りました。私は小学校に入ってから一生懸命毎朝礼拝をし、食前、寝る前にもお祈りをし、祈りの意味を考え聖書の意味を考えて生きていましたが考えれば考えほど何かがおかしいと感じ、チャプレンの話を聞くようになってからは特に大人の人に対する不信感と怒りに苦しむ日々でした。よく覚えているのは、10歳のときのある日、チャプレンの話に人間の悲しみと辛さより感じず賛美歌を歌いながら涙が流れた時、突然胸の中に差す一条の光を感じ、その瞬間、私はいつか必ず本当の事をわかる人に会うと確信すると同時に会えたらチャプレンに代わって私が本当のことを人に伝えて人を助けると本音が生まれた瞬間があったことです。自分ではその経験があったから、どんなに苦しくても14歳でいだきと出会えるまで自殺を考えることはしなかったと思っています。しかし実際は身体の具合が悪くて寝室のベットまで行けず自分の部屋の冷たい床で一夜を過ごすことも多くあり、朝を迎え太陽が昇るのを床の上から窓越しに見ては毎日同じ太陽が昇りこのまま自分は死ぬのかと考えていたこともよく覚えています。苦しかったとき、本当のことがわかりたいと、ただただその一心で生きていた状態と、今深く先生から本当のことをお聞きできる機会があることとが、一直線で繋がるように感じた瞬間、胸の奥が震え涙よりありませんでした。いだきと出会えた今にこそ、死と対面し生きている毎日を鍛錬して生きていかなくてはいけないと感じました。やりきっていないことは死ぬ前に必ず後悔するとはっきり見えるので、今になって過去を取り返すように取り組んでいることがあります。また本当の事をわかって人に伝えるという10歳の時に生まれた本音から外れて生きたら生きても死んだと同然と感じ、死を考えれば、一番やりたい事を今やることだと意志がはっきりします。

本当に深い先生の真のお話に生きる力が湧いてきます。
本当にありがとうございました。

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「高句麗伝説」第5弾