KEIKO KOMA Webサロン

生命のままに


生命の向くままに行動すると、愛ちゃん、えりかちゃんを車に乗せて外苑まで行くめぐりとなりました。三鷹のいつも通る桜並木の道は、葉桜でした。とても素敵な光景でした。桜吹雪が舞う道を、頭上にある車の屋根の窓を開けることをえりかちゃんが提案してくれたので、急いで窓を開けました。桜吹雪が車に入ってくればよかったねと言う、えりかちゃんの言葉が素敵と感じ、心弾む道中でした。こんなひと時が楽しいです。

その後も生命が向くままに行動すると、やりたいことが全部出来、とても楽しい時を過ごせました。何よりやりたいことであり、やらねばならないことは、コンサートをお誘いすることです。表現しながら気づいたのですが、十五日、十六日のヤマハ、三鷹でのコンサートは要の要と見えました。いつも要でありますので、私がこのような表現をすると高麗さんはいつも要と言うと言われてきましたが、真に一回一回が要なのです。一回一回、生命賭け先生が表現してくださり、限界にある状態を突破していけるので、生きてこれました。世界の状況もコンサートがあるので、乗り越えてきているとわかっています。要と感じないことが私には理解し難いことであります。要の時には、人は動かないという過去のパターンも思い出し、身震いしました。この度は、たくさんの催しがあるので、加減していることをよく耳にしました。誰がとやかく言う訳ではないのに、自分で出かけすぎると思い込んでいるのです。つい最近私も自己中心、自分勝手の意識に気づいたので、手に取るようにわかりました。何故と問うても理由も原因もない思いや感覚に気づいた時、頭の天辺で頭を縛っている悪魔のはたらきと見えたのです。故に考えることが必要と目覚めたのです。人類も世界も危機状況となっている今、今までと同じに生きていくことは滅んでいくのです。悪魔に頭を取られていると、考えることができなくなっていることを自分の状態からも人の状態からも見えるようにわかりました。自己中心では生きていけない時代です。全体とひとつの個を生命をもってわかっていかずしては生きていけない時代となっています。幸いにも仙台にて頭の天辺からお腹の底に中心を感じた時、自己中心の状態もそのまま生きることは滅ぶよりないこともよくわかりました。今日はこの話で持ちきりでした。北京での「高句麗伝説」の時も行ける状況にある方でも行かないと決めていたことを思い出します。何故と問うた時、理由はなかったのです。このような時が悪魔にハマっている時です。奇跡の北京での「高句麗伝説」に身を運ばれた経験は、今後明らかになると今日のサロンにて経験された方々のお話を伺い見えました。要の場に身を運べる人生は真に幸運であります。

気づけば気づくほど、たくさんの方々にお声かけしたく、生命のままに動く一日は表現すればする程元気が出てきました。いだき講座が2回開催された今日の最後はNPO いのちのミーテイングでした。世にない活動や今後創られるデイーサービスのお話に大変感動しました。看護、介護は他でも行っていることですが、他と違うことは何か、世にないとは何かを先生がスタッフに問い続けてゆかれました。先生がおっしゃるように、大変な方々に接する仕事ですが、専門性のところに留まっていれば、希望も未来もないとの表現をお聞きし、世にない活動の意味が見えるようにわかりました。世界を変える為に活動し、日本の未来の為に世にないデイーサービスを創るのです。私は先生とつながることで、人間の運命となっているどうしようもない因子が消えていくと見えます。過去の重荷を次世代に担わせないことほど、未来に役立つことはないと考えています。先生に報告するだけで、ご利用者さんは状態が良くなるとの報告をお聞きし、生命喜び躍動します。世にない活動でありはたらきであります。そんな中でマーブリングのカーテンが、夢と希望の香りと風を運ぶ手助けになれれば幸いです。デイーサービスにいらした方が希望を感じる空間創りが世にないことでもあります。とてもやり甲斐を感じます。自己中心の意識から解かれつつある今、時はいだきの時代とは身をもってわかる日々となり、心より感謝します。ありがとうございます。

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迎賓館より