KEIKO KOMA Webサロン

無限の可能性


自分だと長年思っていたものは平気で親の価値観から逸れないようにと身に付けてきたもので、剥いてみて気が付けばこんなに親とは価値観が違ったのかと、初めてわかり驚いた2020年の正月でした。また、ずいぶんと、良い出会いが続く中で、厳しくも集中して表現をしあっていくと、これまで合わせたり疑問がありながらもお愛想的におつきあいをしていたものが、あわないものはまったくあわなくなってしまう。わたしってほんとうはなんなんだろう、なんだったんだろう、そんなことを考える日々。以前は仲良かったのに、信じられないくらい時間がずれてしまう。剥いて剥いて、残るところで、新たに出会っていく。そしてまた剥いて剥いて。信じられないことに受講生なので、制約となる枠がない、いままでの西洋哲学の基準を超えたところに、私の体はあるらしい。

いだき講座について復習をしています。受講を勧めている知人に、極力ありのまま伝えるべくおさらいしています。自分は高麗さんの詩と語りのイベントに初めて伺い、先生の弾く弦楽器(びわ?のような・・・)の音に『こっちが高麗恵子さんか。あっちのすごすぎる人は誰だ?』と犬がにおいを嗅ぐように席に座りました。そのあと何かの上映会で、お話をお伺いしてそのあとすぐに講座だった記憶があります。自分もまだ受講していないのに、「ぜったい受けたほうがいい」と2日目をともにする、知り合って間もない女性に電話しました。受講後の挫折の連続の日々は、ただたんに自分の弱さと芯の無さ、浅はかさが表に現れただけのことだったけど、この15年間に整理された空間のお陰か、なにもしていないのに生きやすくなったことが沢山あるとも感じる不思議。講座については「わからない」と騒ぐようなことはありませんでしたが、私は、私自身のことが全くわからないまま、興味も持たずに、信用もせずに、内面もたいして整理ずに、きてしまったので、本当の意味ではいだき講座の素晴らしさを認識できていなかったといえます。どうして講座を受講したほうが良いのか、ときどき、わからなくなります。良いものを自分だけで味わいたいのではなくて、共有したいのだけど、いままであまりに甘ったれた世界につかりすぎて、愚かにもそっちが恋しいと感じてしまうのか。しっかり見つめ直してなくしていきます。

読んで下さりありがとうございます。

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